4月23日から26日まで、東京有楽町の国際フォーラムで第100回の消化器病学会が開かれた。会長は日本医大の消化器内科の坂本教授であった。教授とは、教授が神戸大学にいらっしゃった25年前、私が神戸に講演に行った時からの知り合いで、研究会や学会でおはなしする機会も多い。第100回と節目の学会の学会長に決まった時は、「常岡健二先生(坂本先生の2代前の日本医大の教授)が第70回の会長であったので、何か因縁を感じる。」とおっしゃっていた。また、一カ月ぐらい前には、「学会の展示の費用について、見積もりが急に上がったんあけど、変だと思わない・・・・」とかと運営の愚痴を洩らされていた。
  第100回を記念して、歴代の学会長の写真を回廊に並べていた。私の恩師の一人である寺野彰先生のさらに恩師の常岡健二先生の写真も第70回のところにちゃんとあった。

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 ところで、ボストンサイエンティフィック社が、切除用の内視鏡鉗子を売り出したと言って、ランチョンセミナーを開いていた。なんだなんだと聴いていたところ、鉗子でもスネアでも、通電せず(cold=without electoric current)に、大腸ポリープを取ったほうが、後出血しにくいらしい(講演の症例数が小さいため、「らしい」という表現)という内容であった。よくよく聞いていると、これは最近イタリアの人が提唱し始めたことであるという。
 そこで、ちょっと待った。私より若い方々はよく知らないのであろうが、実は、内視鏡の創世記、つまり、常岡先生が現役のころ、なにをなさったかといえば、常岡先生は世界で初めて、スネアを開発なさったのである。(スネアが開発されていなければ、大腸のポリープや癌を取りまくる私の当時の数々の業績はなかった。私は常岡先生の業績と人柄に感謝と尊敬の念を厚くして、晩年の常岡先生を私のクリニックの顧問にお迎えしていた。)
 常岡先生が開発したころ、スネアは高周波を通電せずに機械的に病変を拘断していた。つまり、cold polypectomyである。小さなポリープも鉗子で切除するという研究もおこなわれていた。そこに、高周波の技術(hot biopsy)を世界で初めて導入したのが、長年、内視鏡学会の理事長を務めた丹羽寛文先生である。
 日本消化器病学会や日本内視鏡学会も大昔の論文は、ネットに載っていない。私が学会で大活躍していた1990年代のことも、ネットには載っていないのだから、さらに、その前のことになると、なおさらのことだ。ネット検索だけで、文献検索は十分ではないのである。ちなみに、常岡健二先生は昭和17年東大卒、丹羽先生は昭和29年東大卒である。これから、コールド(機械的切除)かホット(高周波による熱切断)かという議論が、しばらく学会で続くであろうが、1960年から1980年中盤までの学会誌なども参考にする必要があろう。
 cold polypectomy病変切除法は、イタリアの人が初めて提唱したことではないのである。

 ちなみに、私は、大昔の議論を思い出して、2003年から、cold polypectomyも併用する戦略を採用している。たしかに後出血はほとんどなくなった。対象は10数万個の臨床試験であり、こんなに騒がれるなら、近いうちに集計にして発表しなければならないであろう。

 ERCPを開発したのは、大井先生。大腸内視鏡を盲腸まで世界で初めて挿入したのは、長廻先生。
拡大内視鏡を日常臨床に世界で初めて導入したのは私、田淵である。