10月18日から21日までの4日間、神戸でJDDW2007(日本消化器病週間)が開かれている。

 

 午前中は「大腸pSM癌診療の新しい展開」へ出席。司会は斉藤裕輔先生と正木忠彦先生であった。コメンテーターは、癌研院長の武藤徹一郎先生であった。

 従来、sm深層までの浸潤(sm2sm3)、脈管浸襲(=ly(+) or v(+))、腫瘍が未分化、腫瘍先進部の悪性度の高さ(BUDDING)が開腹手術適応ということであった。

 新しい展開として、浸潤の深さについては数値で表す試みが常識化してきていた。転移なしの浸潤距離については、1000μmが主流なのだが、1700μmとか、いろいろ議論があった。「mで転移して驚いた症例も、標本を詳細に調べなおしてみるとsm浸潤がみつかった。切除標本の取り扱いは丁寧にしましょう」などなどと議論していた。「マトリライシン染色をすると、転移の予測に有効だ」という報告もあった。

 

 拡大内視鏡診断では、「ピットパターン5n型は、sm-massive、5i高度不整型は浅いのから深いのまである。」と、また、毛細血管診断では「毛細血管のない領域のある病変はsm-massive」とか議論されていた。また、「pSM癌が上記の開腹手術適応状態で、諸般の事情で手術しなかった場合、再発率は20%ぐらいで、再発後の治療でその約33%しか救えなかった」という話もあった。これは、私の臨床経験に近い数値であった。

 

 武藤徹一郎先生の総括では、「内容は10年前とほとんど変わらない。内科の先生方は、この医療資源の乏しくなった時代に、医療全体からみると微々たること(おそらくピット診断や毛細血管診断のこと)をやめて病棟でうろうろしていてほしい(化学療法などをしっかりしろということか)」とのコメントであった。私の見解としては、「この10年、大筋は変わらないが、細かいところでは診断は深化している。」と思う。ただし、治療について、まったく、議論がなかったのは残念で、「pSM癌、開腹手術適応状態であるにもかかわらず、手術しない場合、TS-1などの抗がん剤投与はどれくらい再発を抑えるのか?」という 疑問についても議論してほしかった。

 

 午後は、消化器癌診療ガイドラインの現況と諸問題に出席。司会は杉原健一先生と下津川徹先生であった。食道癌、胃癌、大腸癌、肝臓癌、膵臓癌、の診療ガイドライン作成者が指定講演を行った。また、ガイドラインの評価を行うAGREEというシステムも紹介されていた。消化器癌は癌罹患数の6-7割をしめ、そのガイドラインの社会的影響は、大変大きなものである。

 

 私が、面白かったのは、ガイドラインのでき方であった。胃癌、大腸癌は2001-2002年ごろに、手弁当で医師集団が作成、食道癌は学会主導で作成、肝臓癌と膵臓癌は、厚生労働省の補助を受けて2004-2005年に作成されていた。肝臓癌は4000万円の予算が支給されていた。膵臓癌もそれなりの予算が支給されていたようだが、実際は200万円ぐらいでできたとコメントしていた。

 

 肝臓癌のガイドライン作成の4000万円の予算はどのように使われたのか、お金の行方の明細を報告してもらいたいものだ。安倍前首相の美しい日本の会議費用「12人集めて2回で4000万円」から判断してわかるとおり、大盤振る舞いする予算は政治的なのである。厚生労働省はガイドライン作成に実費の20倍もの金額を出しているのである。

 

 そう、考えてくると、今後、ガイドラインは、情報公開というよりも、情報操作の道具、医療費締め付け、医療界締め付けの道具として用いられていくのではないかと危惧される。今、政府は医療費削減のために、医療現場の自由裁量を容認できないのである。マスコミでは報道しないが、なにせ、2025年には現在の医療費29兆円を、さらに8兆円削減して、21兆円にするという目標を掲げているのであるから。 (今でも現場は大変なのに、こんなのが実現したら、医療は完全崩壊してしまうと思うが、それでも財務省がここまで厚生労働省に圧力をかけるのは国力がここまで落ちていくということか?)

 

 議論の中で、司会の杉原健一先生は、「アメリカの大腸癌診療ガイドラインでは、大腸癌治療のファーストラインは、アバスチンとオキザロプラチンと書かれているが、この費用は一ヶ月70万円もかかる。こんなのは、費用の点で、今の日本の保険診療では受け入れられない。保険診療できないことはガイドラインに載せるべきではない。アメリカでは自由診療があるから、受け入れられるのであるが、社会体制の違いを考慮した、国別のガイドライン作成が必要だ。」と力説していた。 

 

 杉原先生も「抗がん剤投与にアバスチンの併用が、延命効果がある。」とわかっている。「患者さんの利益のために情報公開が必要だ。」ともおっしゃっている。しかし、「医療は保険診療」ということが、彼の頭脳の中で固定観念として根付いてしまっているために、「ガイドラインにアバスチンは入れられない。」と発言しているのだ。保険診療が命を短くしているという図式だ。 (ちなみに、私のクリニックは自由診療なので、アバスチンは利用できます。)

 

 「アバスチンは抗がん剤投与に併用すると延命効果がある。しかし、費用がかかり過ぎるので、今の日本の保険診療では、採用していない。」と真実をガイドラインに書くべきだと思う。真実を伝えなければ、国民も奮起しまい。