1996年3月上旬、検診センターのVIP会員で、大腸m癌を内視鏡的に切除していた社長さんが、来院。ドックの上部消化管バリウム検診で、胃のポリープが見つかったから取ってくれとのこと。さっそく、上部消化管内視鏡検査を行った。みると、確かに胃のポリープはあるのだが、それは、表面のピットパターンから、良性である。問題は、食道。食道下部、前歯から35cmから食道胃接合部まで、一見してわかる白色の平坦な病的変化がある。領域は、約8cmにわたっており、ヨードにて不染であった。病変の一部は結節上に隆起している。これらの所見から、病変は、粘膜下以深に浸潤している食道癌であることは、明白であった。5年生存率40%!


 

 内視鏡を終えて、1週間後、組織診断の結果は、内視鏡診断どおり、扁平上皮癌とのレポート。患者さんとその奥さんに、「胃のポリープは良性であったのだが、食道にちょっと放置できない病変がある。」と説明した。「放置すると、死ぬ可能性も否定できない。早く、手術をしたほうがよい。」とさらに付け加えた。すると、「癌ですか」と鋭く聞き返される。『癌を告知しなければ、この社長さん、手術を承諾しないだろう。また、社長なので、ご自身の真実の状態を知っておかないと、会社の運営にも困るであろう。癌を告知すれば、精神的なショックを受けるであろうが、ここは、きちんと説明するしかあるまい。』と考えて、「残念ながら、癌があって、助かるためには手術しなければならない。」と癌を告知をした。

 

 VIP会員の社長さんは、大変驚いた。「先生、私は、年に2回も検診センターで、胃や食道はバリウム検査を受けてきました。一度も欠かさず、毎回受けてきたのにどうして、8cmもの大きな食道癌ができるのですか?つい、一ヶ月前に、検診センターでは何もないといわれたばっかりなんですよ!」「検診センターは見落としたのでしょうか?」「フィルムを診てください。」 そこで、検診センターから、胃のポリープを取るために預かっていたバリウム写真の束の中から、食道の造影写真を取り出して、よく診たところ、確かに、内視鏡所見に一致する部位に、食道壁の乱れが認められる。「先生、癌はどの辺ですか?」「食道下部のこの辺りです。」「ここのぎざぎざしている辺りですか?」「この写真を見ると癌とわかりますか?」「これだけで、癌と確定的に断定はできませんが、疑うことは必要でしょうねぇ・・・・。」

 

 その後、社長さんその写真をもって検診センターに行ったらしい。あとで、検診センターの所長から「先生、どうしてうちを、かばってくれなかったのですか?」と強い抗議の電話があった。放置できない、すぐに手術が必要な8cmもの病変を目の前にして、医師として、開胸開腹という大手術 を、患者に同意させる必要のあった私は、なんと言って、検診センターをかばえば、よかったのであろうか。「検診センターのフィルムには食道癌は写っていませんでした。」とうそをつくべきであったのだろうか? しかし、フィルムは残っているのである。手術に際しては、何人かの先生方がそのフィルムをチェックするのである。まさか、「食道癌はありませんでしたが、開腹開胸の大手術してくださ い。」では、患者が納得しないのは明らかである。患者は無知ではない。

 

 私は、「検診センターは予め、誤診率を検診者に説明しておくべき」と思う。検診センターは「バリウム検診を受けていれば、癌にならない」というのような営業トーク を、VIP会員にも言っていたのであろう。それさえなければ、あんなに問題にはならなかったはずである。

 

 ちなみに、社長さんの手術は、東大同級生の食道癌手術の名人、梶山美明先生(現在、順天堂大学外科助教授)にお願いした。丁寧な手術(リンパ節を131個郭清切除、しかも、n=0/131)をしてもらった社長さんは、stageⅢであったにもかかわらず、いまだに、お元気である。