大腸腺腫の癌化率は、大腸腺腫の臨床的な価値、危険さを考える上で、とても大切な情報である。では、どうすれば、観察できるのか?測定できるか?まさに SCIENTIFIC な問題である。単純に考えると、大腸腺腫を放置しておいて、その経過を観察していけば、腺腫がどうなるかわかるはずである。ところが、これには、一定の倫理的問題が立ちはだかる。癌になる危険があるとわかっている病変を、そのまま放置するのである。患者が死のリスクを負うことになる。また、原理的な問題も立ちはだかる。はじめに見た大腸腺腫と考えた病変のなかに、すでに、癌があるかも知れない。組織検査をしてしまうと、病変はなくなってしまう。病変の一部をとることで、刺激を受けて何らかの反応が起こり、自然の姿を観察できないことが予想される。極端な場合は、病変がなくなってしまうことになる。これは、まさにハイゼンベルグの不確定性原理である。(ピットパターン診断で100%近い診断が付くという反論もあろうが、現実のデータは、腫瘍と非腫瘍の鑑別正診断率は、だいたい95-98%、癌か腺腫かの鑑別診断の正診率は、だいたい50%-70%ぐらいのものである。)


 では、どうすればよいか?私が、1990年代初頭に考えた方法は、有病数を発生数で割って有病期間を求めるというものである。大腸腫瘍(大腸癌と大腸腺腫)の有病数とその後の年間発生数を測定して、はじめに見つかった病変群の有病期間を推定する。そして、その期間に、腺腫が一年に何%癌化するとすれば、「最初に観察した大腸腫瘍の癌と腺腫の割合を一番うまく説明できるか?」という数学的問題を解くという方法である。具体的には、大腸癌や大腸腺腫が多発した患者の腸を、内視鏡的に大腸癌や大腸腺腫を切除して、一旦腫瘍のない状態にする。専門的には「CLEAN COLON」という。その後、定期的に内視鏡的観察を行い、見つかった大腸腫瘍を片っ端から、切除していき、観察するたびに、CLEAN COLON にしていくのである。そうすれば、腺腫や癌の年間発生個数を測定できる。この方法は、腫瘍を切除していくので、患者が癌になる心配はなく、倫理的には、一切問題ない。また、病変が腺腫か癌か、組織診断学的に決定できる。原理的問題は、大腸癌や大腸腺腫を切除してしまうことと、大腸腫瘍の発生が独立の事象であることを仮定している点である。


 そのデータの詳細は、私の業績(とくに、大腸微小腺腫の自然史、胃と腸 医学書院 30(12) 1531-1542 1995
をごらんいただきたいが、コンピューターにデータを入れて、腫瘍の累積個数と、CLEAN COLON後の期間をグラフにしたとき、期間と個数が一直線に並んだときの感動は、まさに筆舌に尽くしがたいものがあった。大腸腫瘍の発生率はある一定の範囲で、一定なのだ!

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 結果、大腸腺腫の癌化率は一年に約1.3%であった。大腸腺腫を30年放置し続けるとその約30%が癌化すると推定された。


 5mm以下の小さな腫瘍を残してよいという考えは、まず、その病変が、癌でないことが100%確証できない、具体的には5mm以下でもすでに1%ぐらいは癌化している。また、腺腫であってもこれだけの癌化率があり、経過観察さえしないという考えは、明らかに間違っている。5mm以下の小腺腫が3個ある患者を放置すれば、平均15年後に大腸癌が1つできると推定されるからである。10年前の工藤理論に、社会保険者の世俗的圧力が加わってできた、「5mm以下の小さな腺腫を取らなくてもよい」とする危険な理論に基づいた、臨床がここ10年日本で行われてきた。つまり、5mm以下の大腸腺腫は放置された。しかし、この年間癌化率をみれば、なぜ、10年後たった、いま大腸癌死が次第に増え始めたか、お分かりになると思う。腺腫は見つけたら取るのが原則、もし、臨床的に忙しすぎて取れなくても、1-2年のうちに経過観察をし、切除をするのが医者の良心 、人の理性というものであろう。