7月に福島県から71歳の胃がん患者が来た。地元の医療機関では胃癌病変が大きく、内視鏡では取りきれないと判断されて、開腹手術を勧められた。しかし「どうしてもおなかは開けたくない。胃は取りたくない。」といって、知り合いのつてで、中目黒消化器クリニックの評判をきいて、受診してきた。内視鏡検査と超音波内視鏡検査をした結果、病変は胃体部にあり、直径約12-13cm、2か所潰瘍があって、その箇所でsm層は淡くて不明瞭。広汎Ⅱb+Ⅱc+Ⅲ、mmとmpが面を形成してひっついている。大きさ深さともにESDの適応かどうかは微妙であった。CT-PETでは遠隔転移も、所属リンパ節の腫れも認められなかった。

 「病変が大変大きいので、一回のESD手術では取りきれない可能性が強いです。4-5回の内視鏡手術が必要かもしれません。また、病変の一部に深そうに見えるところがあるので、その部分がうまくはがせるかどうか、技術的にはかなり困難そうです。また仮に内視鏡的には取りきれても、癌の脈管浸潤などの遠隔転移やリンパ管転移の兆候が組織標本にあれば、追加で胃切除が必要です。また、これだけ大きいとESDのときに、穿孔もありえて、その場合は東大病院に緊急で引き受けてもらいます。(瀬戸教授に事前連絡)、それでよろしければ、同意書にサインしてください。」

 厳しい説明にもかかわらず、患者はすらすらと同意書にサイン。

 8月末から内視鏡によるminimum invasive な治療が始まった。ESD手術は延べ4回、延べ17時間かかった。潰瘍のあるⅢの治癒過程の部分、すなわちmmとpmのついている部分はフックナイフで綺麗に剥がれた。激しい出血や一時的な穿孔による腹膜炎も起こしたが、ともに内視鏡的な処置で乗り切って、なんとか病変は取りきれた。また、術後の合併症はこれだけの大きさであるから、予想通り何回が下血があった。そのたびに夜中でも緊急止血処置。文字通り、大変な症例であった。
 開腹手術では、3時間ぐらいで終わるようなものであるが、胃を切除すれば、おいしいご飯もこれまでのようには食べられない。術後のQOL(quality of lif)を考えると、17時間の粘りと深夜の出血との戦いは決して無駄ではない。(ついでに、文字通り寝食を忘れて治療していたので、患者ばかりでなく、術者の私も3kgほど痩せた。)
 病理標本の結果は、癌は粘膜内にとどまり、切除後潰瘍の辺縁からの組織検査でも癌は出てこなかった。
つまりは、うまくいったらしいのである。(分割切除であるから、組織標本の価値が少し低いため、らしいという判断)
 さて、現行の保険診療の手術点数規定によれば、何回もの内視鏡手術に比べて一回の開腹手術のほうが安上がりである。保険医診療担当心得の中には、病気はできるだけ安く治すようにと書いている。だから、保険医なら、開腹手術を選ぶべきであったと判断して、今回のような治療内容を過剰医療や保険適応外ときめつけ、診療報酬を与えないとする考え方がある。   

 しかし、本当に過剰医療や保険適応外であろうか?

 開腹手術は内視鏡手術とは違って、月日がたつと一定の割合で術後のイレウスを起こす。何回も入院を繰り返す症例が少なからずある。したがって、「開腹手術が数度の内視鏡治療に対して安い」と本当にいえるかどうか疑問である。また、そもそも、術後に思うようにおいしいご飯を食べられなくなるのは、それを克服する内視鏡治療がある現状を考慮したとき、「開腹手術が病気をほんとうに治したかどうか?」の疑問もある。審査担当の先生方は不当な保険診療とレッテルを張る前に、このあたりの事情をよくよく考慮していただきたい。