本日(2017年4月27日) 午後8:40-9:00に ラジオNIKKEI「医学講座」で放送した内容です

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   こんばんは、田渕正文です。

本日、私に与えられたテーマは、「大腸内視鏡による前がん病変からの治療」です。

まず、本題に入る前に、すこし、自己紹介をしたいと思います。私、田渕正文は、1984年に東京大学を卒業して、医師免許試験に通り、内科系研修医としてスタートしました。1986年には東大内科に入局して消化器内科グループに入りました。そして、1986年から約30年間、大腸内視鏡診療を行ってきました。これまで、約5万例の大腸内視鏡検査を行い、昨日までで約168000個の大腸病変を切除しました。1991年から、中目黒消化器クリニックの院長を務める一方、東京大学医学部腫瘍外科の講師を1996年から17年、獨協大学消化器内科教授を2015年から2年にわたって務めて来ました。
  業績としては、無痛の水浸下大腸内視鏡挿入法の開発、世界初の臨床使用できる拡大電子内視鏡の開発、大腸腫瘍のピットパターン診断法の開発、EMRの大腸への応用、平坦陥凹型大腸腫瘍を発見と臨床病理学的特徴の解析、内視鏡による腸管縫合術の世界初の成功、拡大内視鏡による核パターン診断法の開発、内視鏡的全層性消化管切除術、飲まない腸管洗浄法などなど、いろいろとあります。

中でも、今回のテーマとの関連としては、「平坦陥凹型大腸腫瘍は、Kras変異がない」ということを世界で初めて明らかにして、1994gutに論文を載せたことでしょうか。以上のような経歴ですので、今回のテーマ「大腸内視鏡による前がん病変からの治療」について、最新のことも含めて、皆様のお役に立つお話しができるものと思います。

さて、そろそろ、本題にはいって行きたいと思います。大腸がんはどのようにして、正常上皮から発生してくるのでしょうか?それは、がん遺伝子の変異により、起こってきます。2017年現在、がん遺伝子の変異のルートは、大きく3つ知られています。

大腸癌発生遺伝子メカニズム
 

第一のルートは、まずAPC遺伝子やβカテニン関連遺伝子の異常が起こって、過形成結節となり、次にKras遺伝子の異常がおこり、隆起型の腺腫となり、最後にp53関連遺伝子の異常が起こって、隆起型の早期癌となるものです。このルートは1983年にVOGEL steinらによって提唱されました。いわゆる、隆起型ルートです。

第二のルートは、まず、APC遺伝子やβカテニン関連遺伝子の異常が起こって、過形成結節となるところまでは、同じですが、次に変異するのは、krasではなく、EGFR関連遺伝子です。そのEGFR関連変異で、平坦陥凹型腺腫になります。そして、最後にp53関連遺伝子が変異して、平坦陥凹型大腸癌になります。これがいわゆる平坦陥凹型ルートです。先ほども言いましたように、1994年に私が世界で初めて提唱したルートです。

3のルートは、SSAPルートです。これもまた、APC遺伝子やβカテニン関連遺伝子の異常が起こって、過形成結節となるところまでは、同じですが、次に変異するのは、krasでもなく、EGFR関連でもなく、変異するのはBrafです。Brafが変異すると、化生性ポリープになります。さらに何らかの遺伝子の変異が重なり起こって、SSAPになり、さらに癌に進展していきます。この辺りは、まだ十分解明されていません。しかし、ここ10年くらい、研究が盛んに行われていますので、近い将来わからないこともわかってくるでしょう。

ところで、私たちが提唱した第二の平坦陥凹型ルートは、アメリカではなかなか認められませんでした。1994年に載った雑誌はGUT、ヨーロッパ最高の消化器病雑誌です。アメリカではありません。アメリカの先生方は、平坦型陥凹型の病変が見つけられず、その存在を強く疑っていたのです。私たちの研究成果は、すぐには世界で認められなかったのです。

ところが、その12年後、2006年にセツキシマブ(商品名アービタックス)という抗EGFR抗体薬が、進行大腸癌の約半数に効果があるがわかりました。解析してみると、効果があったのは、すべて、Kras陰性でした。この事実が判明して、Krasが変異するVogelSteinルート以外の大腸がんルートが存在することに、アメリカの先生方は気がついたのです。2006年ごろのGastro Enterologyというアメリカの雑誌に、editorが、「昔、日本人が提唱していた、平坦陥凹型ルートは確かに存在していた。」と書きました。私たちの先駆的な業績は発表後12年を経て、やっと世界で認められたのでした。

さて、第3のルートが見つかったのも、この抗EGFR抗体薬、セツキシマブ(アービタックス)やパニツムマブ(ベクティヴィックス)がきっかけでした。K-ras陰性群の中にも、これらの抗EGFR抗体が効かない一群があり、それらを解析すると、Brafが変異していたということがわかったのです。化生性ポリープと言えば、かつては非腫瘍性ポリープに分類されていて、取らなくてもいいと言われていたのですが、この研究が明らかになってからは、Braf変異のある化生性ポリープは釣るべきだという意見が強くなっていて、私もそう考えています。

ところで、話がそれますが、皆さんは、過形成ポリープ・過形成結節、化生性ポリープの違いをご存知でしょうか?これまで、これらの病変は非腫瘍と判断されていたので、軽く考えてきた方も多いと思いますので、ちょっと整理しておきたいと思います。

過形成ポリープという範疇には、過形成結節と化生性ポリープが含まれます。過形成結節は、腺管の内部の腺管細胞が、ストレートに並び鋸歯状に波打っていないもの、化生性ポリープは腺管の内部の腺管細胞が、鋸歯状に波打っているものです。この鋸歯状の変化は、拡大内視鏡で明瞭に観察できます。ですから、過形成ポリープだから、取らなくていいということではなくなっていますので、ご注意ください。拡大観察して鋸歯状変化が認められて、化生性ポリープと判断されたら、取るべきなのです。

さて、進行大腸がんに至るルートの割合について述べてみたいと思います。第一の隆起型ルートが進行大腸がんの約45%、第二の平坦陥凹型ルートが約45%、第三のSSAPルートが約10%です。

 つぎに、これら3ルートの臨床的特徴について、述べたいと思います。

 隆起型ルートに比べて、平坦陥凹型ルートは、大変早く進展します。約5倍のスピードでsm浸潤します。隆起型ルートでは、がん化した腫瘍が、smに浸潤する大きさは平均12.5mmですが、平坦陥凹型ルートでは、平均7.5mmです。SSAPルートでは、sm浸潤は平均20mm以上です。

また、腺腫はどれくらいの確率で癌化してくるのでしょうか?なかなか難しい課題なのでが、1996年に「胃と腸」という雑誌で、述べたように、5mm未満の腺腫は年間約1.3%ぐらいのがん化率ではないかと推計しています。また、粘膜内大腸腫瘍の発育スピードは腺腫では概ね年に1ミリ、がん化すると月に1ミリ大きくなりました。

 ところで、5mm未満のポリープは腺腫でも取らなくてもいいという意見が大腸ポリープ取り扱いのガイドラインに書いてありますが、実は正確に言うと、隆起型ルートの腺腫についての話なのです。良く読むと、ガイドラインにちゃんと書いてあります。

平坦陥凹型ルートでは、7.5mmがsm浸潤平均サイズなのですから、5mmや4mmでもsm浸潤することは稀ならずあるので、5mm未満は取らなくてもいいと言うのは平坦陥凹型腫瘍では明らかに間違っているのです。「5mm未満は取らなくてもいい」と主張する先生方も、ピットパターンを拡大内視鏡でしっかりと見て、平坦陥凹型と隆起型を鑑別して、平坦陥凹型なら5mm未満でも切除すべきと述べています。また、隆起型の微小腺腫はすぐには取らなくてもいいが経過観察は必要であるとも述べていますので、注意してください。

私個人としては、隆起型であろうと腺腫なら切除すべきと考えていますが、ハイボリュームセンターなどの時間のひっ迫している施設では、いかに効率良くするかということから、遺憾なことに、このような手抜きともいうべき取り扱い方を推奨しています。このような手抜きを推奨しているのは、恥ずかしながら、日本だけで外国にはありません。   

取るべき対象について、これまで述べて来ました。ピットパターンについて詳細に述べるべきでしょうが、今日は時間の都合もあり、割愛します。

次に、取り方について、少し述べておきたいと思います。従来のスネアによる通電切除とホットバイオプシ―、EMRに加えて、ESDやコールドスネア法や、鉗子による全切除などの切除方法が最近加わりました。ESDは、大きな病変が遺残なく切除できることが特徴です。しかし、難しい手技なので、修練が必要です。コールドスネア法やコールド鉗子法は、穿孔や後出血のリスクが激減します。また、クリップ縫縮による穿孔や出血のリスク回避も有効です。これらの詳細については、ラジオなので割愛します。

さて、大腸内視鏡による前癌性病変切除の臨床的効果について、述べたいと思います。2009年に、私自身のデータをまとめたところ、腺腫以上の病変をすべて切除してクリーンコロンにして、以後定期的に1ないし3年に1回の定期的な切除を繰り返した場合、3万人年にわたって進行大腸癌が一つもできませんでした。1000人を30年にわたって見ても、一つも大腸癌が出なかったという意味です。

私の施設ばかりでなく、同様の報告が多数あります。大腸内視鏡で前がん病変をすべて取ることは、がん予防には極めて効果があるといえます。

食事の欧米化、油脂の摂取量の増加に伴い、わが国では、大腸癌がうなぎ上りに増えています。大腸がんの罹患数は、今や年間約20万人、死亡数は約5万人です。大腸癌を予防することは、日本にとって、大きな課題です。

ステージ4の進行大腸がんは30年前、1年以内に死んでいました。先に述べたセツキシマブ(アービタックス)や、パニツムマブ(ベクティヴィックス)、ベバシズマブ(アバスチン)のなどなどの分子標的薬剤の開発により、大腸がんの生存期間は大幅に改善されて、同様の進行大腸がんでも平均4-5年生きられるようになりました。これは、大変素晴らしいことなのですが、反面、分子標的薬剤は高価なので、医療費が高騰していることも否めません。さらに、これらの薬で100%完治できるわけでもありません。やはり、今でも、前癌性病変からの早期治療の臨床的効果は抗ガン剤に比べてはるかに安価で、効果があります。

 ところで、視聴者の皆さん、この20年アメリカでは、大腸癌の発生数、死亡数ともに半減したことをご存知だったでしょうか?30年前、大腸がんと言えばアメリカということでしたが、アメリカは大腸がんを克服しているのです。アメリカでは、大腸がんのことをself-dependent-diseaseと呼びます。「自分で気をつけて、内視鏡を行って、大腸ポリープを取っていれば、がんにならない、だから、自分さえ気をつければ、ならずに済むのが大腸がんだ」ということなのです。進行癌になると年間1500万円程度の診療費がかかり5年ほど続いて、結局お亡くなり死亡保険金も出すというコースは、保険会社にとって大変な赤字負担になるのです。ですから、アメリカの保険会社は、加入者に3ないし5年に一度の大腸内視鏡検診と、ポリープ切除を義務付けているのです。

その結果、対象年齢のなんと75%の人が大腸内視鏡検診を受けてポリープを取っているのです。そのため、大腸癌の罹患率、死亡率ともに、この20年で劇的に下がったのです。

かたや、日本ではこの20年で、罹患数は8万から20万に、死亡者数は4万から5万になりました。大腸内視鏡による前がん病変の切除は、大腸癌予防に極めて有効なのに、わが国では、この30年間、大腸のポリープ切除は、冷遇され続けています。

1992年の保険改訂では、大腸ポリープ切除は9000点でしたが、以降、下がりっぱなしです。2016年の保険改訂では、5000点と、ほぼ半減しています。これほどのがん予防効果があるのに、正しく評価されていません。また、前癌性病変を1個取っても10個取っても同じ値段なのも問題です。1個につきいくらとして、正しいインセンティブを医療機関に提示する必要があるでしょう。さらに、ESDは診療所では保険で行えず病院のみで認められています。私を含め、病院で活躍した内視鏡医が数多く開業している現状を考えると、診慮所でもESDの保険適用はみとめるべきではないでしょうか

 2025年問題を前にして、医療費の高騰が懸念されています。うなぎのぼりに増える大腸癌を予防することは、単に患者の健康というだけでなく、医療費削減の面からも喫緊の課題です。大腸内視鏡による前がん病変の切除は、大腸がん予防に大変な効果があり、海の向こうのアメリカでは大腸がん予防に大変な成果を上げ、保険会社を潤しています。日本でも、大腸内視鏡による前がん病変の切除の価値を正しく評価して、大腸がんの予防がきちんとできるように制度設計をするべきではないでしょうか。