今日は東京大学病院で学生相手にクルズス(少人数相手の講義)をしてきた。講義のテーマは主に食道癌。

1)食道癌はsmに入れば進行がんであり、5年生存率は50%前後。したがって、食道癌はm癌のうちに見つけるのが大切。

2)一般に消化管の癌とくに食道癌は、m癌は「ぺら」としていいて、sm癌は「ごつ」としていると説明し、図譜で確認。

といったものであった。

 

 いつも、講義に使うディスクを今日は家に忘れてしまいました。いつも皆さんに見せているスライドを以下に載せておきます。

 

 日本では食道癌と言えば、90%ぐらいが扁平上皮癌である。しかし、欧米では、食道癌のうちバレット癌(腺癌)が増えていて、既に扁平上皮癌を超えて、食道癌の50%-60%がバレット癌である。食道腺癌もsmに入ると予後がm癌に比べて急速に悪化する。5年生存率は50%前後。

 ちなみに、米国では、約10年前の教授クラスの胃カメラ(上部消化管内視鏡)の一回の検査代が2000ドル(10年前は日本円に換算して約27万円)を超えていた。(ちなみに米国の研修医は無料か極めて低価格、日本ではどのレベルの医師が内視鏡検査を行っても見るだけでは1万3000円)。しかし、見逃して患者が死んだときは10億円単位の賠償が迫られることもあると聞く。

 ところが、このバレット癌(バレット腺癌)は、困ったことに、通常内視鏡観察では、「ぺラ」とした状態(=深達度m)では極めて見つけづらい。つまり、助かるうちに見つけづらい内視鏡医泣かせの病変なのである。扁平上皮癌は、ヨード染色陰性という感度がほぼ100%の検査法があるが、バレット腺癌(深達度m)には、感度100%の方法は、通常観察ではないのである。見逃し死亡の賠償金は10億円単位、このプレッシャーに対抗するために、欧米の内視鏡医はどうしているのか?

 

 「バレット上皮を1cm刻み、90度刻みに絨毯爆撃のように、バイオプシー」するのである。バレット上皮が20cmあれば、80個のバイオプシーを行うのである。手間がかかるのはいうまでもない。しかし、10億円単位の賠償金を考えれば、その手間を厭う人はいないだろう。絨毯爆撃バイオプシーのことを聞いたとき、私は賠償金をめぐる裏事情を知らなくて、欧米の内視鏡医のそんな面倒な行為の意味が理解できなかった。たしかに、そんな高額な賠償金があるとしれば、20センチのバレット上皮に対して、80個のバイオプシーといった、きちがいじみた行為も理解できる。しかし、それにしても、アホラシイ方法だ。

 

 1980年代後半から、1990年代の私の研究成果は、「ぺら」とした腫瘍を大腸で確実に見つける技術を開発したことである。そこで、平坦型大腸腺腫・腺癌を見つける技術(色素拡大内視鏡によるピットパターン診断)を、さっそくバレット腺癌に応用してみたところ、成功例が相次いだ。大腸癌で見られる悪性のパターンとバレット腺癌で見られる悪性のパターンが酷似していたのである。

 その事実を2000年から2-3年米国で発表したが、ポスター展示であったにも関わらず、質問の人たちが列をなして、朝から夕方まで、そのやり方について細かく訊かれた。バレット腺癌の色素拡大内視鏡診断について、論文を書いて、米国の内視鏡雑誌に載った写真が次のものである。

 

小さく細かく枝分かれして、ネットワークをなした、ピットパターンが浅く平らに陥凹した面(3mm×2mm)に認められる。

ちなみにこの写真は、米国の内視鏡学会により卒後研修の教材として採用された。

 

 ところで、その後どうしているかと言えば、バレット上皮には全例、お酢を散布している。お酢を散布すると、それだけで、構造が明らかになるのである。全例にお酢や色素を散布するというのは、日本では私だけだったらしい(当時、学会のシンポジウムで、全例に色素や酢を撒く人は挙手と聞かれて、居並ぶ10数名のシンポジストの中で挙手したのは私ひとり・・・であった。)が、微小なバレット腺癌発見にはきわめて有効な方法である。お酢を撒いて見つけた癌が次の絵である。

 

線状に細く密集し長く延びたピット構造の領域がバレット腺癌。直径約3mm大。

 

 学生諸君は、内視鏡診断はここまでするべきだということをよく理解してください。この絵が命の懸った絵で、アメリカでは10億円単位の価値があります。

 

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