★症例1 79才男性
昨年の終わりころに、約10年前に退職して田舎へ帰った患者さんが連絡をとってきた。退職前には、彼曰く「先生に大腸癌を1987年に内視鏡で切除してもらって以来、私は毎年一回、先生の大腸内視鏡検査を受けて、ポリープを取ってもらっていた。しかし、田舎に帰って、10年間くらい、地元の先生に腸の検査を毎年ずっと受けていたのだが、ずっとポリープがないと言われている。私はそれが不思議でならない。今年は、先生に是非見てもらいたい。」
そこで、12月中旬、大腸内視鏡検査を行ったところ、大きな病変はなかったが、5つの病変が見つかった。病変はいずれも4mm以下の小病変であった。それらをすべて、治療を兼ねて、全切除して病理組織をしらべたところ、腺腫は2つあった。腺管が鋸歯状変化した化生性ポリープは2つあった。
左は右の拡大内視鏡像、核所見はタイプ2、一部タイプ3も認められる。病理結果は中等度異型管状腺腫
★症例2 71才男性
これも昨年の暮れ、ある男性がお尻の穴がはれたといって来院。前処置なしで、そのまま内視鏡を実施したところ、血栓性の痔核と直腸・S状結腸に多数の小ポリープが認められた。そして、それ以外に、出血性の粘膜を直腸S状結腸移行部に認めた。これは、前処置を行ってきちんと見る必要がある。検査を終えてすぐに、「前処置をして内視鏡検査をうけたほうがよい。」と私が説明したところ、患者さんは「某大学で毎年、大腸内視鏡検査を受けていて、つい先月も受けたばかりなので、したくない。」と反論した。しかし、診察室で、内視鏡写真を見せながら、何回か理路整然と説明したところ、「受けたい。」と意見が変わった。
前処置をして、大腸内視鏡検査を行ったところ、一目で癌とわかる病変を直腸S状結腸移行部に認めた。超音波内視鏡検査の所見は、sm層は全層、腫瘍と置換していて、mp層も腫大している。深達度mpと判断。内視鏡治療を断念して、開腹手術にまわった。
これらの見落としの実害はどの程度なのか?簡単に言うと、症例1は軽く、命にかかわるのは3年で5%くらい。症例2は重く、命にかかわるのは現時点で100%である。
ポリープの癌化率はいろいろと議論がある。1996年、私は大腸腺腫の癌化率は毎年約1.3%ぐらいと計算した。(詳細は私の1996年の胃と腸の論文を見てください) また、化生性ポリープ(腺管の鋸歯状変化のある過形成状態)の癌化についてであるが、かつてはないと考えられていたが、β-RAFの活性化が近年確認されて以降、化生性ポリープを前がん病変と認識する研究者もふえている。しかし、その癌化率について、計算された論文はないが、私なりに、腺腫と同程度もしくは半分くらいと予想している。以上より、症例1で見つかった毎年の癌化率は約4%で、癌が浸潤し始めるまでを癌が出来てから平均2年と考えると、実害の可能性は、上のような計算になる。すると、今回の切除は無駄だったかというと、そうではない。同じような人が20人いたら、そのうち1人は、 1-2年後には、症例2のようになったということなのだから。
各医療機関では、毎日、何例も大腸内視鏡検査をしている。もし、5mm以下のポリープ取らなくてよいとしていると、このくらいのリスクが生じているのである。
症例2は、この病変がなぜ見落とされたかだが、長年の経験をもとに原因を類推すると、以下のようなことが考えられる。
まずは、
1.直腸からS状結腸に移る内側のひだ裏は、見逃しやすい。内視鏡をした医師がこのことを知らないか、あまり気にしていなかった。
2.空気を入れすぎて観察していた。空気が多すぎると死角ができやすい。
3.また、小さなポリープはみなくていいとする考えが荒っぽい内視鏡検査につながった。
4.さらに、5時までに終えなければならないとする大学病院の体制が、医師を焦らせてしまった。
5.検査医がビギナーで経験・技量が不十分であった。
時間を十分取らない検査は、なにか、見落とすものなのである。大腸内視鏡検査は簡単ではないので、初学の人には、良き指導者が必要であろう。
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