たぶち まさふみ オフィシャルブログ

日本消化器内視鏡学会指導医 元東大医学部講師による、医療・政治ブログ

2007年07月

G-file 5  便潜血陰性 会社検診の大腸判定A それでも 大腸進行癌

 1996年、溜池にある共同通信社の本社に招かれて、大腸がんについての講演を行った。大腸がんの死亡者数が1975年は5000人、その後、5年で2倍のペースで、大腸がんの死亡者数が増加し、1980年には約1万人、1985年には約2万人、1990年には、約4万人と増えている現状をまず話した。


 そして、次に、1988年中曽根内閣によって導入された、免疫学的便潜血反応による大腸がん検診の仕組みを話した。まず、検診者全員に、免疫学的便潜血反応検査を二回行う。次に、2回のうちどちらか一方でも陽性になった場合を、陽性と判定して、二次検診の注腸検査か大腸内視鏡検査を行うと説明した。


 さらに、大腸がん検診に用いている便潜血反応の感受性についても、言及した。1994年と1995年に行われた厚生省武藤班による研究では、進行大腸癌が見つかって、手術を目的として、入院してきた患者さんに対して、2回法による免疫学的便潜血反応を行ったところ、陽性者は、70%であった。本来、100%であるべきなのだが、70%しかなかったのである。この話をしたとき、聞いていた共同通信社の役員や、保険組合関係の方々は「へえー」という驚きの反応であった。


 本当は、感受性をあげると、特異性が落ちて、検診の効率が悪くなるのである。だから、逆に感受性を70%に設定したというのが真実であるのだが・・・。


 その講演が終わり、数週後、共同通信の記者の方から電話があった。先生の講演を、役員から又聞きして、怖くなったので見てほしいというのである。その人は、検診で免疫学的便潜血反応は陰性で、大腸については評価Aであったが、実は、しばらく前から、右のおなかが張るというのである。


 さっそく、大腸内視鏡検査を行ったところ、上行結腸に全周性の進行癌が見つかった。幸い、肝臓に転移なし。早速、右半切を行った。


 幸いなことに、この患者さん、11年経った今でも、元気である。

この症例のように、検診での大腸A判定は、結構、あてになりませんので、注意してください。


 このような症例を、実地ではよく経験するので、「50歳になったら、大腸内視鏡検査による大腸検診をしましょう!」ということになるのである。症状のない50歳の人に向かって、初めての大腸内視鏡検査を勧めることは、消化器の医師としては常識であって、過剰医療ではないのである。

参議院選挙 行われる。自民党惨敗 民主党躍進。どうなる保険医療崩壊

 今日の日本では、慢性胃炎の根本療法も、食道癌の有効な早期発見も、大腸がんの完全な予防も、慢性肝炎の根本治療も、できるようで、できない現実がある。薬や治療法は表向き認められているが、実際に使用してみると、保険医療ではさまざまな制約があって、審査の過程で認められたり、認められなかったりする。


 認否の基準は、保険組合(保険者)の経済状況によるのである。保険者と社会保険審査機構は表向き、医療機関と保険者に対して公平でなければならないとされているが、実際には、天下りなどで強く癒着していて、社会保険審査機構は、保険者に向いている。


 認められなかったときの薬代やサービスの費用は、保険医療機関の丸っきりの赤字となる。したがって、保険医療機関では、経済的に、治療を自粛せざるをえない現実がある。個人経営ではまだしも、地方自治体の保険医療機関では、赤字の病院は廃止という政治的な流れのなかで、治療はますます自粛される。

 このような社会的圧力のある医療の現場では、患者に対して、科学的な真実は語られず、都合のよい詭弁が語られる。したがって、医師は、研究して、勉強しているものほど、あほらしくなってくる。

 

 また、今の日本には、医師自身、経済的にも、法律的にも、安心して患者を治療をできない現実がある。病院の社会保険診療報酬は、医師の技術で決まるわけでなく、看護師の数で決まる。どんな新米の看護師でも数だけが評価されるシステムだ。それだけでも、難しい技術を磨いて患者を助けてきた医師のプライドは傷つくのだが、ときに、最新の治療技術を駆使すれば、過剰医療とののしられ、患者を救おうと思って難しい手術に挑んで、失敗すると、「医療事故」といってくれるうちはマシで、時に、業務上過失致死傷として、牢獄に入れられる。これでは、外科系(消化管外科、呼吸器外科、循環器外科、産婦人科、泌尿器科、・・・)の先生の手術は萎縮せざるを得まい。助かるかもしれない症例でも、外科系の先生は、手術をしないことになる。それをみて、外科系になる新米の医師が減るのも当たり前のことだ。そして、社会保険医療は崩壊する。

 

 社会保険医療崩壊の原因は、日本経済の停滞(保険者の貧困化)と、社会保険制度の問題(厚生行政の誤り)にある。その奥深くには、日本の人々の意識に本質的な問題があるのだが・・・。

 

 民主党に、この問題が解決できるであろうか? たとえば、レントゲン技師組合や、官公庁の労働組合のように、労働組合はたいてい保守的で、自らの改革を否定して、自分だけの利益のために、大義を忘れて、新たな技術の導入に抵抗する。


 選挙前の演説では、小沢党首の口からは医療崩壊という単語は一言も聞かれなかったような気がする。そう、考えると民主党に医療崩壊を防げるか、大いに疑問だ・・・・。

 

 しかし、「生活第一」というなら、生活を脅かす、医療崩壊を無視できないはずだ。民主党の今後に期待したい。

統計マジック 民間給与と公務員給与の比較

本日朝、yahooニュースのトッピクスのトップは以下の内容であった。

 

6年ぶり引き上げ勧告へ=国家公務員月給で人事院-民間をわずかに下回る公算
 人事院が8月に行う2007年度国家公務員給与改定勧告の基礎資料となる民間給与実態調査で、公務員の月給が民間をわずかに下回る見通しであることが25日分かった。これを受け同院は民間との格差を是正するため、01年勧告以来6年ぶりに公務員月給の引き上げを勧告する公算が大きくなった。 (時事通信)

 

民間給与実態調査が詳しく記載されている資料国家公務員の給与実態の資料も公表されていたので、それもみたところ、大きな問題があった。勤務時間のデータがないのである。給与が高いか低いかを評価するには、勤務時間のデータが不可欠のはずである。なんで、こんないい加減なことをしているのか。人事院に勤めている東大将棋部の後輩の知的レベルからいえば、この程度のことはすぐにわかるはず。してみると、統計マジックの悪用?それとも、長年勤めて役人ボケしたか?

G-file 4 バリウム検診で見落とされた8cm の表在型様食道癌

 1996年3月上旬、検診センターのVIP会員で、大腸m癌を内視鏡的に切除していた社長さんが、来院。ドックの上部消化管バリウム検診で、胃のポリープが見つかったから取ってくれとのこと。さっそく、上部消化管内視鏡検査を行った。みると、確かに胃のポリープはあるのだが、それは、表面のピットパターンから、良性である。問題は、食道。食道下部、前歯から35cmから食道胃接合部まで、一見してわかる白色の平坦な病的変化がある。領域は、約8cmにわたっており、ヨードにて不染であった。病変の一部は結節上に隆起している。これらの所見から、病変は、粘膜下以深に浸潤している食道癌であることは、明白であった。5年生存率40%!


 

 内視鏡を終えて、1週間後、組織診断の結果は、内視鏡診断どおり、扁平上皮癌とのレポート。患者さんとその奥さんに、「胃のポリープは良性であったのだが、食道にちょっと放置できない病変がある。」と説明した。「放置すると、死ぬ可能性も否定できない。早く、手術をしたほうがよい。」とさらに付け加えた。すると、「癌ですか」と鋭く聞き返される。『癌を告知しなければ、この社長さん、手術を承諾しないだろう。また、社長なので、ご自身の真実の状態を知っておかないと、会社の運営にも困るであろう。癌を告知すれば、精神的なショックを受けるであろうが、ここは、きちんと説明するしかあるまい。』と考えて、「残念ながら、癌があって、助かるためには手術しなければならない。」と癌を告知をした。

 

 VIP会員の社長さんは、大変驚いた。「先生、私は、年に2回も検診センターで、胃や食道はバリウム検査を受けてきました。一度も欠かさず、毎回受けてきたのにどうして、8cmもの大きな食道癌ができるのですか?つい、一ヶ月前に、検診センターでは何もないといわれたばっかりなんですよ!」「検診センターは見落としたのでしょうか?」「フィルムを診てください。」 そこで、検診センターから、胃のポリープを取るために預かっていたバリウム写真の束の中から、食道の造影写真を取り出して、よく診たところ、確かに、内視鏡所見に一致する部位に、食道壁の乱れが認められる。「先生、癌はどの辺ですか?」「食道下部のこの辺りです。」「ここのぎざぎざしている辺りですか?」「この写真を見ると癌とわかりますか?」「これだけで、癌と確定的に断定はできませんが、疑うことは必要でしょうねぇ・・・・。」

 

 その後、社長さんその写真をもって検診センターに行ったらしい。あとで、検診センターの所長から「先生、どうしてうちを、かばってくれなかったのですか?」と強い抗議の電話があった。放置できない、すぐに手術が必要な8cmもの病変を目の前にして、医師として、開胸開腹という大手術 を、患者に同意させる必要のあった私は、なんと言って、検診センターをかばえば、よかったのであろうか。「検診センターのフィルムには食道癌は写っていませんでした。」とうそをつくべきであったのだろうか? しかし、フィルムは残っているのである。手術に際しては、何人かの先生方がそのフィルムをチェックするのである。まさか、「食道癌はありませんでしたが、開腹開胸の大手術してくださ い。」では、患者が納得しないのは明らかである。患者は無知ではない。

 

 私は、「検診センターは予め、誤診率を検診者に説明しておくべき」と思う。検診センターは「バリウム検診を受けていれば、癌にならない」というのような営業トーク を、VIP会員にも言っていたのであろう。それさえなければ、あんなに問題にはならなかったはずである。

 

 ちなみに、社長さんの手術は、東大同級生の食道癌手術の名人、梶山美明先生(現在、順天堂大学外科助教授)にお願いした。丁寧な手術(リンパ節を131個郭清切除、しかも、n=0/131)をしてもらった社長さんは、stageⅢであったにもかかわらず、いまだに、お元気である。

G-file 3 目黒区胃癌検診 集団的誤診

 いまの目黒区の庁舎は、土地投機バブルで失敗してつぶれた「千代田生命」のビルである。いまから、約10年前、目黒区の区庁舎が中央町にあり、まだ、中目黒に移ってくる前の話である。当時の区長は、汚職を摘発されて自殺した薬師寺さんであった。

 

 そのころの目黒区医師会は、2派閥が対立しており、ハードな医師会長選が行われた。結果、現職系の候補を破り、M会長が誕生した。M会長の下、医師会の人事が刷新されて、私は、目黒区医師会のがん検診委員となった。

 

 さて、その初会合のとき、がん検診委員長(肝臓の専門医)が言うには、「昨年度の目黒区の胃癌検診の予算は1600万円でした。その予算を医師会が引き受け区民の検診をしているのですが、胃癌の発見は0人という成績でした。ここ数年、胃癌発見者は0人ないし1人という成績が続いています。大変な問題だと思うのですが、 田渕先生何かご意見はありませんか?」と振られた。

 

 当時、一般に、がん検診は、「一人の癌患者を見つけるのに必要な費用が、230万円より上か下か」が、検診のよしあしの分かれ目とされていた。目黒区の胃がん検診は、その基準からいえば、まったくの不合格であった。がん検診委員長が、「大変な問題」というのも、尤もなことなのであった。

 

 当時の目黒区の胃癌検診の仕組みは、まず、年齢などで絞り込んだ対象住民に、胃癌検診のはがきを出す。はがきを見たうちの希望者に対して、碑文谷保健所でレントゲン車によるバリウムによる胃二重造影(検診用の直径10cmぐらいの写真撮影10枚程度)を無料 (=区の予算)で行い、所見のある人を拾い上げて、要精密検査の指示を郵送する。そして、区内の医療機関で、さらに、内視鏡検査もしくは二度目の通常の胃のバリウム二重造影検査(A4サイズの写真撮影)といった精密検査(無料 =区の予算)を受けるというシステムであった。

 

 私は、さらに以前、東京共済病院に勤務していたころ、目黒区医師会からの依頼で、碑文谷保健所で撮影した、検診用のフィルムを読影していた。その画像は、 残念ながら、読影に耐えられる代物ではなかった。バリウムが胃粘膜にきちんとのっていないし、バリウムがすぐに十二指腸の第3部分へ流れていて、胃と重なってしまっているのである。当時の読影は、東邦大学大橋病院の消化器医と東京共済病院の消化器医で担当していたのであるが、一緒に読む、東邦の先生方も私と同じ感想を持っていた。「こんな写真では、読めない!」

 

 「この写真なんとかならないのか?」と、医師会の担当の先生に、撮影しているレントゲン技師さんにクレイムをいってほしいと、お願いしたところ、翌月に返ってきた答えは、「看護婦も医師もついていないので、胃の動きをとめる注射ができない。したがって、バリウムが十二指腸の第3部分 へ流れるのは、避けられない。車なので、写真のサイズは変えられない。」というもので、要は現状を変えられないと返事であった。

 

 読影の席で、取りまとめ役の医師会の先生は、「7~8%ぐらい拾い上げてください」と、我々にリクエストした。読めない画像を前に、我々は、その人の年齢や、問診内容で、要精密検診者を決めていたのである。したがって、1600万円の胃癌検診で一人も癌が見つからないのも、当然といえば当然としか言いようのない結果なのであった。

 

 私は、目黒区がん検診委員長に、以上のような事情を説明した。そして、東大の三木一正先輩が開発した、ペプシノーゲン法による胃癌検診を提案した。興味を示した委員長は、早速、三木一正先生に目黒区医師会での講演を依頼した。三木一正先生は講演を快諾してくださり、講演は実現した。

 

 胃癌は、慢性胃炎の進行した状態で、出やすくなる。ペプシノーゲンは、慢性胃炎の進行度を示す指標である。検診対象者の血液中のペプシノーゲンを測り、慢性胃炎の悪いほう約7~8%を、要精密者として、内視鏡による精密検診をおこなうというシステムを三木先生は紹介した。足立区では、同じ1600万円の予算で、このペプシノーゲン法を採用して、一年で23人の胃癌患者を発見していた。

 

 やっと1人見つけられる目黒区のシステムと、同じ予算で23人も見つけた足立区のシステムと、どちらが優れているか、論議の余地などなかった。目黒区医師会のがん検診委員会は全員一致で、ペプシノーゲン法の採用を採択した。そして、がん検診委員長は、早速、区の担当者に、胃癌検診にペプシノーゲン法を採用したい旨、申し出た。

 

 区の返事は意外なものであった。「ペプシノーゲン法を採用すると、レントゲン技師が不要になってしまうので、碑文谷の2人のレントゲン技師が在職の間は、ペプシノーゲン法は採用できない。」と。レントゲン撮影をするという手段が目的化して、本来の目的、胃癌患者をより多く、より早く見つけて人の命を救うという目的が、忘れられているのだ。

 

 その後、人の命の重さよりも官僚システムを重視した、目黒区の薬師寺さんは、汚職が発覚して自殺した。そして、当時、ペプシノーゲン法を導入した足立区長Yさんは、その後すぐに、 議会からの不信任決議が採択されて、リコールされた。かれは小数会派(共産党)であったのだ。

 

 慢性胃炎は、胃癌の発生母地であり、慢性胃炎の原因の90%はピロリ菌である。慢性胃炎に対するピロリ菌治療は、学会での議論確定15年たった今でも、社会保険では認められていない。

 

 今年も、厚生労働省はいう、胃癌の検診は内視鏡よりもレントゲンが基本と。日本の医療の霧は、政治によってますます、深く濃くなっている。中世、ガリレオガリレイは、地球は太陽の周りを回っているとする地動説を唱えたが、その内容は当時の権力者、カトリック教会には受け入れられず、迫害された。

G-file 2 驚いた見落とし?!誤診の陰に政治あり。苛政は虎よりも猛し

 その人の父親は、胃癌で死んでいた。享年57歳。彼は、不動産事業に成功して、財を築き、1970年代はじめに、PL検診センターにVIP会員として150万円払って入会した。渋谷のマンションが1000万円しない時代に、150万円は大金である。しかし、胃癌で死んだ父のことを考えると、事業で成功した43歳の彼にとって、150万円は納得できる金額であったのだろう。まじめな彼は、以来、半年に一回、一回も欠かすことなく、検診を受けた。胃の検診はずっとバリウム造影検査で行われていた。

 

 1990年ごろ、60歳前半の彼は、便潜血反応が陽性となり、PL検診センターから、大腸内視鏡検査の目的で、私に紹介された。大腸内視鏡の結果、大腸腫瘍が5-6個見つかり、すべて内視鏡的に切除。彼は私を気に入ってくれ、奥さんも私に紹介。奥さんにも大腸ポリープが見つかりと彼ともども、1-2年に1回大腸内視鏡の検査を行っていた。

 

 2001年、しばらく顔を見せていなかった長身の彼が、突然ふらりと来院して言うことには、「先生、いつもしている、半年に一回のPL検診で、先日、5センチの潰瘍が一つあるから、胃の手術をするようにいわれました。ほんとに切らなければならないのか、診てくれませんか?」と。さっそく、上部消化管内視鏡検査(通称、胃カメラ)を実施。胃体部後壁に、ボールマン3型の5-6cm大の大きな癌がある。さらに驚いたことには、それより少し奥の、胃幽門部後壁にも、約4-5cm大のボールマン3型の癌があった。ダブル胃癌である。半年前の検査で見つからなかったというのが不思議なくらい大きな2つの癌だった。まじめな彼にとって、それは、文字道理の「驚き」であったろう。なにせ、150万円(今だと1000万円くらい)支払ったVIP会員なのである。

 

 私は半年前のバリウム造影の写真を実際に診たわけではないので、断言しにくいが、後壁はバリウム検査のスイートスポットであることから考えても、半年前の胃のバリウム検査で2つの胃癌はおそらく見落とされたのだろうと思った。 PL検診センターは、毎日150人から200人もの検診を行うのだが、胃のバリウム造影は技師が行い、読影は一人の医師が担当するという体制なのであった。「S先生、一人で一日2000枚も読むんだ、きっと疲れて見落としたんだろうな・・・・。そういえば、センター長も事務長も看護師長も「保険者が安い検診を求めるから、検診原価を一円でも安くしたい。」と言っていたなぁ・・・・。そういえば、誰か、あそこの給与は相場の7割ってぼやいていたよなぁ・・・・。」

 

 私は、東大病院に、彼を紹介。彼は開腹手術を受けた。しかし、癌は既に肝臓に多発転移していた。TS1が効いて、しばらく、生き永らえたが、結局2004年夏に死亡。彼は、父と同じ胃癌で死んだのであった。胃癌の家族内集積は、単に遺伝性というだけでなく、同じ食べ物を媒介として、発癌力の強い同じピロリ菌に感染しているという環境的要因もある。

 

 その秋、奥さんが来院して、「先生方には、ほんとうに、よくしていただきました。ありがとうございました。」と涙をこらえて言ってくれた。もっと言いたかったことがあるはずなのに、ぐっとこらえた姿に、彼女の本当に深い悲しみを感じた。

 

 一般に、胃癌の早期発見率について、内視鏡検診はバリウム検診の3倍というデータが、内視鏡がまだファイバーであった1980年代からある。それが、わかっていても、バリウム検診が、いまなお、続いているのは、レントゲン技師の雇用のため、コスト削減のため、内視鏡医師不足のためである。

 

 今年も、厚生労働省はいう、胃癌の検診は内視鏡よりもレントゲンが基本と。「苛政は虎よりも猛し。」とは、中国の古いことわざであるが、現代の日本にも、通用しているのは、真に残念なことだ。

G-file 1 注腸検査では病変の存在否定は難しい

 医師にとって誤診とは、恥である。ただし、医師の未熟というより診断システムの問題により、現実には致し方ない場合もある。裏返していうと、その恥の気持ちが、各種検査機種(レントゲンとか、CTとかMRIとか、ECHOとか、内視鏡とか、PETとか)の開発に結びついているともいえる。


 さて、大学時代、小坂第三内科教授の退官記念講演のテーマは「誤診率」であった。先生は講演の中で、「誤診率のトップは、注腸検査であった。」と述べられた。「ときには、進行癌ですら注腸検査では見落とされている」とも。学生であった私は、「そんな馬鹿な、進行癌なんか見落とすはずがないではないか」と思った。なぜなら、進行癌は通常3cm以上有り、よほど、前処置が悪くても、わかるのではないかと思ったのだ。


 そして、時はめぐって、研修医時代、実際に注腸を行う立場になって、わかった。注腸は本当に難しいのだ。前処置が悪いとまず分からないといっていい。体位変換をして、腸の内容物を動かし、それでも壁についているものは病変で、流れるものは便なのだが、腸の曲がりくねった形態や、腸の収縮、便の多さなどで、病変が紛れてしまうのだ。さらに、時はめぐって、常勤医時代、注腸でs状結腸に小さなポリープが見つかったといって、 PL検診センターから紹介された患者の大腸内視鏡検査をやって驚いた。盲腸に大きな進行癌があったのである。同様のことが、2-3回続いた。また、当時、私は大腸内視鏡検査で、平坦な大腸腫瘍を数多く見つけており、注腸の原理的な限界にも気がついた。それ以降、私は注腸による存在否定診断はしないことにしている。


 このような思いを、我々の世代の消化器専門医はそれなりに経験したために、大腸検査といえば注腸よりも内視鏡検査という常識が生まれ、内視鏡技術の進展につながったのである。「注腸の誤診率は高い!」、小坂先生の言ったとおりであった。

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