1996年、溜池にある共同通信社の本社に招かれて、大腸がんについての講演を行った。大腸がんの死亡者数が1975年は5000人、その後、5年で2倍のペースで、大腸がんの死亡者数が増加し、1980年には約1万人、1985年には約2万人、1990年には、約4万人と増えている現状をまず話した。
そして、次に、1988年中曽根内閣によって導入された、免疫学的便潜血反応による大腸がん検診の仕組みを話した。まず、検診者全員に、免疫学的便潜血反応検査を二回行う。次に、2回のうちどちらか一方でも陽性になった場合を、陽性と判定して、二次検診の注腸検査か大腸内視鏡検査を行うと説明した。
さらに、大腸がん検診に用いている便潜血反応の感受性についても、言及した。1994年と1995年に行われた厚生省武藤班による研究では、進行大腸癌が見つかって、手術を目的として、入院してきた患者さんに対して、2回法による免疫学的便潜血反応を行ったところ、陽性者は、70%であった。本来、100%であるべきなのだが、70%しかなかったのである。この話をしたとき、聞いていた共同通信社の役員や、保険組合関係の方々は「へえー」という驚きの反応であった。
本当は、感受性をあげると、特異性が落ちて、検診の効率が悪くなるのである。だから、逆に感受性を70%に設定したというのが真実であるのだが・・・。
その講演が終わり、数週後、共同通信の記者の方から電話があった。先生の講演を、役員から又聞きして、怖くなったので見てほしいというのである。その人は、検診で免疫学的便潜血反応は陰性で、大腸については評価Aであったが、実は、しばらく前から、右のおなかが張るというのである。
さっそく、大腸内視鏡検査を行ったところ、上行結腸に全周性の進行癌が見つかった。幸い、肝臓に転移なし。早速、右半切を行った。
幸いなことに、この患者さん、11年経った今でも、元気である。
この症例のように、検診での大腸A判定は、結構、あてになりませんので、注意してください。
このような症例を、実地ではよく経験するので、「50歳になったら、大腸内視鏡検査による大腸検診をしましょう!」ということになるのである。症状のない50歳の人に向かって、初めての大腸内視鏡検査を勧めることは、消化器の医師としては常識であって、過剰医療ではないのである。