たぶち まさふみ オフィシャルブログ

日本消化器内視鏡学会指導医 元東大医学部講師による、医療・政治ブログ

2007年03月

胃潰瘍の悪性サイクル(malignant cycle)と ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)

 5年前2002年から東大で、医学部5年生を教えている。講義の前に、学生の知識レベルを知るためにいくつかの質問を学生にするのだが、学生諸君は、胃癌のボールマン分類、大腸癌の肉眼分類、早期胃癌の肉眼分類などは、結構、わかっている。ESD(粘膜下層剥離術)について答えられる学生もいる。しかし、 なぜか、胃潰瘍の悪性サイクル(malignant cycle)については、ほとんどの学生が答えられない。教科書から省かれてしまっているのかもしれない・・・?!

 胃潰瘍の悪性サイクル(malignant cycle)とは、癌が原因となって繰り返す、胃潰瘍のことである。癌組織のなかには、細胞保護作用の弱いものが多く、胃の中のような、食物を消化する高い酸濃度の中では、癌は消化されやすい。早期胃癌の表面に潰瘍がおこり、癌の一部もしくは大部分が消失する。この際、癌は潰瘍の辺縁に、三日月状や泣き別れ状態でしがみ付いている。そして、潰瘍が治った後に、再び、残った癌が増殖してくる。やがて、癌の部分が大きくなり、細胞保護作用が低下し、また、過酷な胃の環境の中で、潰瘍ができてしまうという繰り返しを、悪性サイクルと呼ぶのである。

 この現象があるので、胃潰瘍の良・悪性の判定には、注意と慎重さが要求される。潰瘍の辺縁から、組織をとって、良悪性の判定をするのであるが、たまたま、胃癌がないところを生検すれば、胃癌を良性潰瘍と誤診する危険性がある。だから、怖いのである。したがって、胃潰瘍を見たら、組織結果が良性であっても、2-3ヵ月後に必ず再検が必要なのである。ここまで、説明すると、学生さんたちは聡明なので、この悪性サイクルの理解なくして、胃潰瘍の診断はできないことを悟る。


 悪性サイクルを繰り返した胃癌は、固有筋層と粘膜の間に瘢痕組織ができて、くっついてしまい、ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)やEMR(内視鏡的粘膜切除術)の極めて難しい状態となる。普通は、適応外病変であるのだが、諸般の事情から、きょうは、そんな瘢痕組織付きの胃腫瘍病変の内視鏡切除を試みることとなった。ESDのつもりが、結局HSE+pEMRとなってしまったが、穴をあけずに取りきれたようなので、優、良、可、不可の可ぐらいか・・・。

悪性サイクルの一例:左は早期胃癌分類Ⅲ+Ⅱc、右は潰瘍治癒後、左のわずか19日後の状態。しいて分類するならⅡc型か。分類不能とするのが妥当であろう。

美智子皇后陛下、下血  その原因は?

皇后さま、腸から出血 精神的疲労が原因か、静養へ (共同通信)

宮内庁は6日、皇后さま(72)が最近、数回にわたり腸壁から出血された、と発表した。口内炎の症状や鼻血もあったという。精神的な疲労が原因とみられる。3月下旬から4月初旬にかけて2回、静養の機会を設ける。会見した金沢一郎皇室医務主管によると、皇后さまは専門医の診断で腸壁の表層に出血の痕跡が見つかった。現在は粘膜を保護する投薬を行っている。自覚症状はないという。

皇后さま、腸壁から出血=精神的な疲れが原因-21日から静養・宮内庁 3月6日19時0分配信 時事通信

宮内庁は6日、皇后さまに数回、腸壁に出血があったことなどから、静養期間を設けると発表した。精神的な疲れが原因とみられる。ただ、治療を急ぐ性質の病気ではないため、当面は公務を続け、21日から5日間、御所で静養される。 同庁によると、皇后さまは2月19日夜に風邪で38度台の発熱があったが、その後口内炎や鼻血のほか、腸壁から数回出血がみられた。自覚症状はないが、定期検診の際に2年連続で表層性胃炎の症状が指摘されており、出血も粘膜の炎症という点で延長線上にあると考えられるという。

皇后さま、腸壁からの出血などで静養へ…心労が原因か2007年3月7日1時8分  読売新聞)

 宮内庁は6日、皇后さま(72)が口内炎や鼻出血に加え、腸壁から数回の出血があることから、今月下旬から計10日の静養期間を設けると発表した。精神的な疲れ」が原因と考えられ、同庁は粘膜を保護する投薬治療を行いながら、心を休め、体の抵抗力を高めてもらうとしている。記者会見した金沢一郎・皇室医務主管によると、皇后さまは先月19日夜から風邪で38度台の熱が出て公務を2日休み、その後、公務に復帰された。しかし、最近になって口内炎や鼻出血のほか、腸壁からの数回の出血があった。専門医が診断したところ、腸壁の表面に潰瘍のような進んだものではないものの、出血の痕跡が認められた。皇后さまは過去2年間の定期健診で胃炎が見られ、最近の出血などの症状はこの延長線上にあり、精神的な疲れが原因で進行したとみられるという。金沢医務主管は記者会見で「少しでもお心を休め、お体の抵抗力を高めていただくために静養期間を設ける。今後はスケジュールを厳選したい」と述べた。宮内庁関係者は「精神的な疲れ」について、「ご一家をめぐって相次いでいる週刊誌の記事の見出しにかなり心を痛められていたようだ」としている。皇后さまの静養はお住まいの御所で今月21日から5日間とったあと、26日からは国賓として来日するスウェーデン国王夫妻の歓迎行事などをこなし、再び29日から来月2日にかけて栃木県の御料牧場で天皇陛下と静養される。宮内庁は治療を急ぐ性質の病気ではないことや、皇后さまの気持ちを尊重し、既に予定されている日程はこなされるとしている。皇后さまは1993年10月、雑誌の批判記事が相次ぐなか心労で倒れ、一時的に声を失われたことがある。

 以上の報道からすると、感冒後、何回か下血があり、その原因を探るべく、おそらく、昨日、大腸内視鏡検査を行って出血性の炎症所見が認められたということであろう。一般に皇后陛下ようなご高齢の婦人の出血性腸炎の原因としては、各種の感染性腸炎の他に、虚血性腸炎、抗生剤投与後腸炎、リンパ濾胞性腸炎、潰瘍性大腸炎、膠原病による腸炎、血管炎による腸炎、アミロイドーシスによる腸炎などがある。今回の腸炎は報道を聞く限り、抗生剤投与後の菌交替現象による腸炎の可能性が高いであろう。抗生剤投与後に口内炎が出るということは時々あるが、ただ、鼻血まで出るのは珍しい。鼻血は出血傾向を示唆しており、腸壁の出血も全身の出血傾向から来たとすると、さらなる重篤な病気に進展しないかとちょっと心配だ。報道では、精神的ストレスを強調しているが、前述の鑑別疾患のうち、ストレスが強く影響する腸炎は潰瘍性大腸炎である。潰瘍性大腸炎は20歳代の発症が多く、70歳代での潰瘍性大腸炎もないわけではない 。

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