たぶち まさふみ オフィシャルブログ

日本消化器内視鏡学会指導医 元東大医学部講師による、医療・政治ブログ

2006年12月

日本医療の問題

 昨今の医療は、口を開けば、医療費抑制という言葉が出てくる。これは、財務省・厚生労働省のお題目のようなもので、この15年続いている。その効果で、この1-2年の医療費は30-31兆円前後である。人口の老齢化の進展により、医療費はますます増えると予想されていた。実は、10年前の医療費も30兆円ぐらいで、その十年後の今は医療費が、40兆円ぐらいと予想されていたのである。では、どうやって減らしたのか?簡単に言えば、医療単価を下げたうえに、医療の抑制を行ったのである。

 私に関係したところでは、以下のような抑制策が行われた。

 

 薬の制限

1.7剤以上の薬を出すと、医療機関と患者に罰金的な損が発生するシステムの導入。

2.薬価単位の切り下げ。

3.院内薬局の単価大幅切り下げによる院外薬局の奨励(薬剤師会の圧力により行わた薬剤師優遇政策。実は、これは、医療費を増やす結果になっている。製薬メーカーには薬剤師が多く、退職後の就職先の確保。つまり、2.とのバーターかもしれない。)

4.卸売価格の統制。薬価差益が薬多用の原因になると考えて、製薬会社と卸売り会社に、政治的圧力をかけて、官僚主導の卸売り価格の統制を行った。これにより、約3割位あった利益が、1割程度になった。言い方を変えると、利益が医療機関から、製薬会社、卸売り会社へと動いた。官製の独占禁止法違反の闇カルテルみたいなものである。したがって、この政策も本当の意味での価格切り下げにはなっていない。これも、2.とのバーターかもしれない。

 

 診断・治療の制限。

5.薬投与制限の大幅変更。ずっと以前は、薬はその副作用や、効果判定の診断のため、大半の薬が2週間しか投与できなかったのであるが、3年ぐらい前から4週までが認められ、2年前ぐらいからは、何ヶ月でも投与できるようになった。これにより、受診回数の低下がおこり、医療費が抑制された。

6.ピロリ菌:ピロリ菌の治療の導入の遅れがあった。ピロリ菌が発見されたのが1983年、今から、もう23年前。日本の学会でその消化性潰瘍に対する病原性が確認されたのが1990年ごろ。WHOで胃癌の原因と宣言されたのが、確か、1994年。国民皆保険といっておきながら、胃癌予防のためのピロリ菌退治すなわち慢性胃炎の除菌治療は、未だに、社会健康保険や国民健康保険では認められていない。

7.大腸ポリープの切除の抑制。小さなポリープは癌化しないという、間違った理論を推奨している。5mm以下のポリープは医療費がかさむので取らないでほしいと、各種保険組合から、私に直接的な圧力が、1996年以降数年間、頻回にあった。

8.カプセル内視鏡、ギブン社のカプセル内視鏡が、2000年ころにアメリカの消化器学会で初めて発表された。3-4年位前に、韓国や中国でも使えるようになり、東アジアで使えないのは日本だけ。国産のオリンパスもカプセル内視鏡の開発を行ったが、一昨年の秋に売り出したのは、日本ではなく、欧州(EU)であった。

9.血管新生抑制剤のアバスチンは、末期がん患者の生存期間を約1.5倍延ばす効果がアメリカ臨床癌学会で報告されているが、日本での承認は大幅に遅れている。抗がん剤の分野で、同様のものがいくつかある。

 

 審査の強化

10.医療費がかさんで、保険組合の資金が不足してくると、社会保険基金や保険組合の審査で、医療費が闇雲に減点される。前の月までは認められていたものが、急に減額されるのである。理不尽なものなのが多く、医療機関経営者には悩みの種である。審査員の友達から実態を聞くと、この医療機関からは何%引けと、基金の事務局員から指示がされるのだそうだ。したがって、理不尽な減点が急に発生するのである。昨年は、東大病院でも手術前のエイズウィルス検査が保険から削られた。審査をめぐる官民の癒着と賄賂の問題も指摘されている。

 

 これらの他に、他の分野でも、いろいろと同様のことが行われている。つい最近では、整形外科の受診回数制限やリハビリの回数制限が打ち出され、社会問題化している。これらの、経済的問題に加えて、医療ミスや医療事故の問題もあって、医療従事者の逃亡も目立つようになった。産科、小児科をはじめとする、各種の病棟や外来閉鎖は、単に経済的な問題だけでなく、スタッフが集まらないのである。医療費抑制策は、ついに、保険医療そのものの抑制になってい来たのである。言い方を変えると、皆保険制度があるために、世界の先端的医療と一部の標準的治療が日本では受けられなくなっているのである。保険医療を維持しようとして、その結果、医療レベルが低下しているのである。上記のような、理不尽な医療政策の下では、医師はやる気がなくなってしまう。今度の参議院選挙では日本医師会は自民党には協力しないであろう。

 

 価格の統制、薬や医療機器の認可など、日本の医療はまさに社会主義体制なのだが、その軋みが、患者の治りたいというニーズに応えられなくなってきた。一方で、患者側にも、自己負担分の未払いや病気予防への態度(喫煙や多飲酒など)の社会主義特有のモラルハザードの問題がある。また、命に対する価値観の多様化もある。官僚のモラルや能力も低下している。健康保険機構の維持にも大きな事務経費がかかっている。

 本来、医療は個別のものである。同じ病状でも、患者の生活信条や社会的状況で、同じ治療にはならないものである。わたしは、シンガポール型の医療制度に賛成である。

大腸腺腫の癌化率は一年で1.3%

 大腸腺腫の癌化率は、大腸腺腫の臨床的な価値、危険さを考える上で、とても大切な情報である。では、どうすれば、観察できるのか?測定できるか?まさに SCIENTIFIC な問題である。単純に考えると、大腸腺腫を放置しておいて、その経過を観察していけば、腺腫がどうなるかわかるはずである。ところが、これには、一定の倫理的問題が立ちはだかる。癌になる危険があるとわかっている病変を、そのまま放置するのである。患者が死のリスクを負うことになる。また、原理的な問題も立ちはだかる。はじめに見た大腸腺腫と考えた病変のなかに、すでに、癌があるかも知れない。組織検査をしてしまうと、病変はなくなってしまう。病変の一部をとることで、刺激を受けて何らかの反応が起こり、自然の姿を観察できないことが予想される。極端な場合は、病変がなくなってしまうことになる。これは、まさにハイゼンベルグの不確定性原理である。(ピットパターン診断で100%近い診断が付くという反論もあろうが、現実のデータは、腫瘍と非腫瘍の鑑別正診断率は、だいたい95-98%、癌か腺腫かの鑑別診断の正診率は、だいたい50%-70%ぐらいのものである。)


 では、どうすればよいか?私が、1990年代初頭に考えた方法は、有病数を発生数で割って有病期間を求めるというものである。大腸腫瘍(大腸癌と大腸腺腫)の有病数とその後の年間発生数を測定して、はじめに見つかった病変群の有病期間を推定する。そして、その期間に、腺腫が一年に何%癌化するとすれば、「最初に観察した大腸腫瘍の癌と腺腫の割合を一番うまく説明できるか?」という数学的問題を解くという方法である。具体的には、大腸癌や大腸腺腫が多発した患者の腸を、内視鏡的に大腸癌や大腸腺腫を切除して、一旦腫瘍のない状態にする。専門的には「CLEAN COLON」という。その後、定期的に内視鏡的観察を行い、見つかった大腸腫瘍を片っ端から、切除していき、観察するたびに、CLEAN COLON にしていくのである。そうすれば、腺腫や癌の年間発生個数を測定できる。この方法は、腫瘍を切除していくので、患者が癌になる心配はなく、倫理的には、一切問題ない。また、病変が腺腫か癌か、組織診断学的に決定できる。原理的問題は、大腸癌や大腸腺腫を切除してしまうことと、大腸腫瘍の発生が独立の事象であることを仮定している点である。


 そのデータの詳細は、私の業績(とくに、大腸微小腺腫の自然史、胃と腸 医学書院 30(12) 1531-1542 1995
をごらんいただきたいが、コンピューターにデータを入れて、腫瘍の累積個数と、CLEAN COLON後の期間をグラフにしたとき、期間と個数が一直線に並んだときの感動は、まさに筆舌に尽くしがたいものがあった。大腸腫瘍の発生率はある一定の範囲で、一定なのだ!

tumor-accumulation















 結果、大腸腺腫の癌化率は一年に約1.3%であった。大腸腺腫を30年放置し続けるとその約30%が癌化すると推定された。


 5mm以下の小さな腫瘍を残してよいという考えは、まず、その病変が、癌でないことが100%確証できない、具体的には5mm以下でもすでに1%ぐらいは癌化している。また、腺腫であってもこれだけの癌化率があり、経過観察さえしないという考えは、明らかに間違っている。5mm以下の小腺腫が3個ある患者を放置すれば、平均15年後に大腸癌が1つできると推定されるからである。10年前の工藤理論に、社会保険者の世俗的圧力が加わってできた、「5mm以下の小さな腺腫を取らなくてもよい」とする危険な理論に基づいた、臨床がここ10年日本で行われてきた。つまり、5mm以下の大腸腺腫は放置された。しかし、この年間癌化率をみれば、なぜ、10年後たった、いま大腸癌死が次第に増え始めたか、お分かりになると思う。腺腫は見つけたら取るのが原則、もし、臨床的に忙しすぎて取れなくても、1-2年のうちに経過観察をし、切除をするのが医者の良心 、人の理性というものであろう。

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