たぶち まさふみ オフィシャルブログ

日本消化器内視鏡学会指導医 元東大医学部講師による、医療・政治ブログ

2006年11月

世界の大腸癌検診の動向  今秋の日本及び欧州消化器病週間 から 

 大腸癌は予防が大切である。大腸進行癌は、FOLFOX、FOLFILIやアバスチンなどの化学療法、ネオアジュバンド療法が進歩して生存期間の延長が認められるとはいえ、死亡率は改善されていない。


 欧州消化器病週間で、ドイツ消化器病学会の大御所クラッセンが、指定講演で、大腸癌検診について述べた。がん検診が未発達の旧東欧諸国の大腸癌5年生存率は、約30%、がん検診がある西欧諸国では大腸癌5年生存率は約50%と述べた。検診をすることで、大腸癌死から助かるチャンスが増大するのである。


 札幌で開かれた日本消化器週間で、アメリカの大腸癌検診協会長の招待講演があった。アメリカでは、便潜血反応よりも、S状結腸鏡や大腸内視鏡検査を用いることが多く、とくに、ここ2-3年、大腸内視鏡を受ける人が増え、検診対象年齢の人口の30%が受けるまでになっていると発表した。耳を疑うほどの高率であるが、これにより、大腸癌の死亡率が急激に減ってきているという。レーガン大統領がポリープを取ったときから、大腸内視鏡が広まり、大腸癌は内視鏡検査で完全に予防できるので、「自己責任の病気」と呼ばれて、大腸内視鏡がさらに広まっているという現状なのだそうだ。ちなみに、アメリカでは発見したポリープ(腺腫)はどんなに小さくても、すべて切除するのが原則であるとのこと。


 日本では、便潜血反応陽性者が内視鏡検診に廻される。日本で便潜血反応による大腸癌検診が始まったのが1988年。中曽根内閣の老人健康保険法に基づく。そのころは、腺腫は前癌病変なのですべて切除すべきというのが常識であった。それまで、5年で2倍に増えていた大腸癌死亡者数が、この検診の開始を境にして、増加しなくなりむしろ減少し始めた。日本全体で年間大腸癌死亡者数は4万人から3万5千人ぐらいに低下してきていた。当時、私は先輩の先生勧めで、東急百貨店でCLEAN COLONを目指す内視鏡による大腸癌検診を行い、東急百貨店保険組合の被保険者を大腸癌から10年にわたり完全予防してきた実績を残している。


 それが、90年代後半、工藤先生が「隆起型のピットパターン3L型の5mm以下の腺腫はすぐに取らなくても良い。」と学会で述べた後、医療費抑制の波とあいまって、学説が一人歩きして「5mm以下のポリープは取らなくてもいい」という考えが広まって、かなりの先生方が、小さなポリープを無視しはじめた。それで、どうなったかというと、近年、日本の大腸癌死亡者数は再び増加傾向に転じているのである。日本とアメリカの大腸癌死亡者数の動向を見ていると、日本も、大腸癌検診の中心を、便潜血反応から大腸内視鏡検査にシフトさせる必要があろう。


 また、腺腫はやはり全部取るべきであろう。 私は当初から工藤先生の考えには反対であり、すべての腺腫はどんなに小さくても見つけたら切除してきたし、切除するべきと唱えてきた。つまり、CLEAN COLONを目指した内視鏡を実践してきた。私の小さなポリープまで取るやり方は、各保険組合から不況時にいろいろと批判された。しかし、今回のアメリカと日本の大腸癌死亡者数の動向をみて、大腸内視鏡はCLEAN COLON を目指すのが、やはり、大腸癌予防の王道であったと確信した次第である。

平成18年厚生労働白書を読んで

 この10月からの保険医療では、老人の窓口負担金が増え、診療報酬が減った。高齢者の負担は重くなり、医療サービス供給者の待遇はさらに悪化し続けている。その根本的な流れはどこから来るのか?厚生労働省白書を読むと実にわかりやすく書いてあった。


 「今回の医療制度構造改革は、これまでの医療制度構造改革の中で課題として指摘されてきた高齢者医療制度の創設や医療費適正化について、道筋を示すものである。まずはその円滑な施行に向けて、万全を期して準備していくこととしている。今後とも、安全で質の高い医療を確保し、皆保険制度を持続可能なものとしていけるよう着実に努力していかなければならない。」


 つまり、「皆保険制度を守るために、老人も医療機関も苦労しなさい、我慢しなさい。」ということなのである。「皆保険制度さえ守れば、安全で質の高い医療が確保されるのだから。」ということである。では、なぜ、皆保険制度が安全で質の高い医療につながると考えているのかというと、「我が国の医療制度は全ての国民が健康保険や国民健康保険といった公的な医療保険制度に加入し、保険証一枚で誰もが安心して医療を受けることができる国民皆保険制度を採用している。こうした仕組みは、経済成長に伴う生活環境や栄養水準の向上などとも相まって、世界最高水準の平均寿命や高い保健医療水準を実現する上で大きく貢献し、今日我が国の医療制度は、国際的にも高い評価を受けている。」と。 つまり、これまでうまくいったから、これからもうまくいくという韓非子の逸話「守株」の論理である。でも、現実には日本の医療は、崩壊してきている。日本の国民所得が減少しているからだ。


 80年代までの経済の高度成長期には、医療技術の革新のスピードと国民所得の伸びが一致して、皆保険制度はうまく機能したのだが、いまは、医療技術の革新が、日本経済の発展のスピードをはるかに上回っている。世界のトップレベルの医療が、日本の保険医療で実践できない事例は、枚挙暇がない。今の政府は、ここ10年、皆保険制度を守ろうと、日本国民所得の低下と一致して、日本の医療単価を切り詰め、結果、医療の質はどんどん低下してきている。今回の改訂で、これまでにも増して、オカルト医療話が日本全土を覆うであろう。医師・看護師・介護師の離職や嫌職が進むであろう。守りたいものは、制度ではなく、命と健康である。


 グローバル化した産業界、IT技術革新による情報革命、株式市場を中心とした後期資本主義、飛躍的に進歩する生命工学の時代にふさわしい医療制度を早く構築しないと、日本はますます世界トップレベルから取り残され、日本にいるから病気が治せない、日本にいるから死んでしまうということが、ますます多くなる。皆保険制度を守り続けるという考えを捨てねば、今の時代、命と健康は守れないというのが、医療現場の医師の実感である。

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