たぶち まさふみ オフィシャルブログ

日本消化器内視鏡学会指導医 元東大医学部講師による、医療・政治ブログ

2006年10月

欧州消化器病週間・学会報告 その2

 今回は知人のつてもあって、ベルリンに入る前に2006年10月20日から2日間、モスクワに立ち寄った。ついでに、モスクワの国立がんセンターの内視鏡部門を訪れて、大腸内視鏡の技術指導を行った。大腸内視鏡検査のデモを2例行った。がんセンターというだけあって、2例とも進行直腸癌であった。モスクワの医療事情を現地の医師から直接聞いたが、レベルは発展途上国並みの寒さであった。政府が全国の病院に配る内視鏡は未だにファイバースコープなのである。私が行ったがんセンターは、17年前の最新型の電子内視鏡であったが、それでも、ロシア全土から見れば、最高レベルなのだそうだ。しかし、医師の向上意欲は強く、 原油、天然ガスなどの経済力があり、ロシアの医療は早晩、急速に改善をするだろうと感じた。

moscow1

欧州消化器病週間・学会報告 その1

 2006年10月20日から26日まで、ドイツの首都ベルリンICCにて、欧州消化器病週間が開かれた。10月22日のオープニングセレモニーで、Prof. Peter Malfertheiner 会長は、挨拶の中で、「日本からの演題発表が多く、欧州勢もがんばって研究成果をあげてほしい」と発言した。確かに、小腸内視鏡やESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)といった日本から発信されたものだ。内視鏡作成・販売は、オリンパス、フジノン、ペンタックスが有力3社である。すべて日本の会社である。また、ピロリ菌の発見により2005年にノーベル医学賞を受賞した、Prof. Barry Marshall が講演した。自分より先に、胃に細菌がいることを指摘した研究者は、4-5人いた。とりわけ、日本の Ito という研究者が電子顕微鏡の写真を撮って報告していた。実に惜しいところまで行っていたのだが、しかし、彼はピロリ菌の病原性(胃炎や胃潰瘍を起こすこと)については気がつかず、私が、ノーベル賞をいただくことになったと述べた。研究成果は、単に事実の発見だけではなく、その意味を考えながら進めるべきものでなのである。目の前の事実も角度を変えて意味を考え直すと、科学の革命的進歩をもたらすかもしれないのである。


 ところで、潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患の治療薬の開発などについては、欧州勢のほうが圧倒的に優勢であった。

Barry_Marshall

戦争に負けるということ 日本消化器病週間・学会報告  その2

    2005年の日本の年間死亡者数は約100万人で、内32万人、約3分の1が癌で死んでいる。癌を予防する方法は、医科学の進展により、ずいぶんと進歩してきた。しかし、リーダーの能力不足により、その進歩が、日本人のがん予防に十分に役立っていない。


  昨日、学会の帰りに、赤レンガ造りの北海道庁に立ち寄ってきた。二階に樺太資料室があった。昭和20年8月9日、ソ連が日ソ不可侵条約を破棄して、ポツダム宣言に基づき、北緯50度の国境を越えて、南樺太に進軍。当時、南樺太の日本人住民と兵士は延べ41万人。昭和20年9月5日の同島の日本軍の武装解除までに、大半が死亡。


  写真は、旧ソ連兵から寄贈された、日本兵の遺品である。ヘルメットが無残にも打ち抜かれている。合掌。ビルマ、フィリピン、沖縄、満州(中国東北地域)、サイパン、広島、長崎、東京、大阪- - - -でも、同様の悲劇があった。当時の日本政府の間違った政策とリーダーの無能で、国民は塗炭の苦しみと悲しみと地獄を体験した。


 今の政府の取り組み方で、がんとの戦争に勝てるのであろうか?

helmet-shot-through

The Final Answer ピロリ菌と胃癌 日本消化器病週間・学会報告

     浅香正博北海道大学消化器内科教授が、札幌で開かれている日本消化器病週間で、10月12日に、ピロリ菌と胃癌について、「ファイナルアンサー」と題して、講演を行った。浅香正博先生とは、私が1993年に北大で「大腸腫瘍のピット診断」の講演を行ったときからの知り合いである。当時は、講師で、消化器部門のハウプトであった。彼はテニスが趣味の貴公子である。


 講演の中で、教授は全国集計の結果、年齢訂正の日本人が生涯を通じて胃癌になる確率は、ピロリ菌抗体陽性者で11.2%、ピロリ菌陰性者で1.8%であったと 発表した。ピロリ菌の感染(もしくは感染の既往)は、胃癌の発生を6.2倍に増やしているというわけだ。また、教授自身の胃内部を示した。10年前はピロリ菌がいて、荒れた年寄り風のでこぼこ状態であったが、ピロリ菌除菌して、10年経過したいまは、つるつるてかてかの若くて健康な胃に戻っていると述べた。除菌は、若返りの一環でもある。


 胃癌の死亡者数は全国で約6万人である。除菌政策を採用すれば、少なくとも、胃癌の死亡者は2万人以下になるであろう。若年者のピロリ菌感染は、とくに、危険なので、ぜひ、退治すべきである。これ以上の政策の 。遅れは、重大な責任問題だ。ピロリ除菌政策を即時に採用しなければ、現在の厚生労働大臣をはじめ、同省役人は、近い将来、罰せられることになるであろう。


 当院では、ピロリ菌のチェックと除菌を行っています。1000例を超える経験があります。ご希望の方は、ご一報ください。

asaka-lecture2006

「がんの罹患率と死亡率の激減を達成するには」日本癌学会シンポジウム 報告

     癌学会のこのシンポジウムは、6人の発表があった。第一話、富永先生の内容は、私が、予想したとおりであった。私が、このホームページで予想した内容よりは、禁煙にウエイトが置かれていて、ピロリ菌のウエイトは低かったが、ほぼ同じ内容であった。第二話は、杉村先生の話であった。杉村先生は、ご高齢で、スライドも使わず、べらんめい調の、よく言えば洒脱な、悪く言えば、乱暴な話し方であった。まず、たばこの値段が安いといって、もっと、諸外国並みに高くするべきと述べた。次に、胃癌検診について述べ、バリウム検診の技術レベルの低下について嘆いた。内視鏡検診の優位性などはよく認識なさっているようであったが、経済的な問題とか、いろいろと難しく、「何でもいいから、何か検診を受けてればよい。」などと、述べておられた。また、私は検診を受けているのに、妻は私が勧めても、検診を受けないとも、ぼやいていた。最後に、検診というのは学問だから、東大にでも、検診学という講座ができないものかと提案なされていた。データに基づいた話がなくて、真実を探求し政策に生かすという考えが希薄だと感じた。悪く言えば、御都合話であった。日本人の悪いところを凝集したような感じであった。情緒的、場当たり的、非分析的、八方美人的、秘密主義的・・・。やっぱり、これでは癌との戦争には勝てない。日本は東条英機で大東亜戦争、太平洋戦争、第二次世界大戦に負けた。


  残りの4人のうち一人は、厚生労働省前医療政策局長、中島先生であった。中島先生は、つい最近別の部局に移られており、「前」の肩書きが付いたそうである。物腰が官僚特有の柔らかさであった。ちょっと疲れた感じの話し方であった。彼は主に、先の国会で採択された癌対策基本法をまとめられた経緯から、その紹介とその取り組みについて述べた。聞いていると、すべてはがんセンターを中心として、厚生労働省が仕切る、「がん行政は全体主義で行くぞ」という感じであった。癌診療を経済的に安く上げ、「臨終のときは自宅で。」とのことである。癌で死にたくない、癌になったら最善の医療をうけたいという、国民の願いが、法案の始まりであったはずが、いつの間にか、政府財政を守るためにがん患者の医療サービスを切り捨てるという内容に、すり替わっていた。いまの政府は財政事情から老人を捨てたいのである。癌が治せる医師は、がんセンターの中にいるだけではないのに、経済的理由から、実質的には、拠点病院でのみ先進的癌化学療法を許すつもりらしい。全体主義はリーダーが大事である。リーダーがよければ、最も早く効率的な組織となるが、リーダーが悪ければ、インパール作戦のように、兵隊は無駄死にするばかりである。癌との戦いに勝利するには、戦略的、科学的、論理的、合理的な優秀なリーダーが必要であろう !

 

 インパール作戦:第二次世界大戦、中国との戦争、中盤において、苦戦を強いられた日本軍が、戦局打開のため採った作戦。中国軍の武器補給路を絶ち、戦局を有利に展開しようと考えた。海沿いを日本軍に押さえられた中国軍の武器補給路は、イギリスの支配するインドからビルマ(現在のミャンマー)を経る陸路であった。日本軍は、中立国であったタイから、ミャンマーに攻め込んだが、イギリス軍と遭遇する前に、多くの兵隊がマラリアで死亡。作戦は惨憺たる結果であった。タイの熱帯医学研究所を訪れたとき、マラリアの多発地帯の話になった。タイの教授いわく、「なぜ、日本軍は、タイでも有名なマラリアの多発地帯・浸淫地に大事な将兵を送り込んだのか、理解に苦しむ」と。タイとミャンマーの間の森は、マラリアの多発地帯・浸淫地であったのである。泰緬鉄道は日本人の無知と傲慢と失敗を示す象徴なのだ。実は、この作戦、昭和天皇自らの発案という話。天皇を支える有能な参謀がいなかったのが残念である。

アーカイブ
カテゴリー
  • ライブドアブログ