たぶち まさふみ オフィシャルブログ

日本消化器内視鏡学会指導医 元東大医学部講師による、医療・政治ブログ

2006年01月

ホラー話の原因は包括医療制度(DPC) 

10年ほど前、アメリカで、骨髄移植をカバーしていない保険に入っていた少女が白血病になり、骨髄移植をしてもらえず、死んでしまったというホラー話があった。治せる可能性が高い治療法があるのに、治療してもらえないなんて、怪奇そのもの。アメリカって、お金がなければ命も救ってもらえない残酷な国だと思っていたものである。後日、死んだ少女の親が保険会社を訴え、何百億円の賠償金を勝ち取った。負けた保険会社の社長は、メキシコへ遁走。保険会社は消失。さすが、陪審員制度のあるアメリカ、民意が反映する豪快な結論だと思ったものである。


200511月終わりごろ、多発癌(胃癌、大腸癌、食道癌:いづれも粘膜内癌)とパーキンソン病で長年、当院に通ってきたAさん(80代男性)の家族が、夜遅く、しかも4人もやってきた。


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月末、咳・痰・熱があり、近くのお医者さんをAさんが受診したところ、気管支炎と診断されて、都立病院へ紹介され入院した。入院後、点滴などの治療により気管支炎は治ったが、全身の容態は改善せず。CTにて肝臓に癌が多数見つかったという。「胃癌からの転移でしょうから、助かりません。」と説明されたという。私が内視鏡で切除した胃癌は4mmのⅡbであり、まず転移するような癌ではないのである。主治医は私になんらの問い合わせもせず、胃癌の転移と診断したのは問題である。しかし、ほんとうの問題は「その後」にあった。


 その後、気管支炎が治ったにもかかわらず、
Aさんの容態は重く、食欲もないのに、都立病院は、一切治療してくれなかったという。転院先を見つけるようにいわれて、何の検査も何の治療もしてくれなかった。点滴1本もしてくれず、はやく出て行けと言わんばかりであったそうだ。日に日にAさんが弱るので、奥さんは都立病院の先生に泣きついた、「これじゃ死んじゃう。」と。それで、やっと点滴を1本だけしてもらえるようになったそうだ。


 ご家族が来たのは、今の窮状を何とかしてほしい、転院先を探してほしいということであった。私は後輩と相談して、老人病院を紹介した。


都立病院の中に都民がいてどうして、医療をしてもらえないのか?それは、包括医療だからである。2年前の医療改革で採用された包括医療とは、入院時の診断名と病期に応じて、保険支払い基金からもらえるお金は決まってしまうしくみである。入院後に新たに病気が見つかっても、治療や診断のための追加の料金を医療機関はもらえないのである。胃癌で入院して、時間があるからといって、ついでに痛くなった虫歯を治してもらおうというわけには行かないのである。胃癌で入院して、前立腺癌が見つかっても、その入院の時には前立腺癌に関する診療は保険でカバーされないのである。


 A
さんは気管支炎で入院したので、入院後に見つかった多発肝癌の治療や診断の料金を、医療機関はもらえないのである。Aさんの主訴、食欲不振の原因は多発肝癌が原因であり、都立病院なのだから、赤字覚悟で、都民に貢献すべきであると思うが、「赤字病院はつぶすぞ!」と石原都知事は言明しているので、無料で治療はできないというのが、都立病院長の本音であろう。でも、それは、医師法違反なのではないだろうか?(医師法第19条:診療に従事する医師は、診療治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。)


 病院の中にいて必要な治療をしてもらえない包括医療(
DPC)って、いったい何だろう。まったく患者のためにならない、医療を崩壊させるシステムであると断定せざるをえない。包括医療(DPC)は人間を全体として捉えることを否定した欠陥制度である。今年4月、さらに、経済優先、圧力団体優先(日本医師会は除かれている)で、医療制度は改悪される。このまま、お金、お金といって進めば、もっと、ひどい、耳を覆うようなホラー話が、日本でも現実のものとなるであろう。


 予算のことばかり考えて、患者の病気や病状を考えない今の医療改革には、反対である。医療の現場を大切にする合理的な医療改革こそ、真の医療改革であると考えている。


日本でも、近日中に、陪審員制度がはじまる。憲法第25条、「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活する権利を有する。②国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び、公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」公立病院で、食事の取れない患者に、点滴もできないような医療システムは、民間の感覚では、憲法25条に明らかに違反しているだろう。DPCなどの今の医療改悪を進める人たちは、やがて、裁判で陪審員に責任を追究されて、メキシコへ逃亡する日がくるだろう。

 

 

 

癌撲滅政策の提案

 ここ1-2年、中国人と付き合うようになった。彼らを見ていて感じることは、中国人は、目的を理解すると、決断と行動が素早く、日本人は決断と行動が遅いということだ。ちなみに、中国人というのは、総称で、40-50の民族からなり、中国の戸籍には、どの民族か明記されている。有名な一人っ子政策は、モンゴル族とかウィグル族とか満族とかいった少数民族には適応されていない。中国とは多民族集合体なのである。他民族からの侵入がいつあるとも限らない、生命の危険な環境が、理に基づいた、すばやい決断、そういう性格を選び出したのだろう。

 

 先日、日本の癌診療について、NHKが番組を制作していた。アメリカの癌診療が進んでいて、日本の癌診療が遅れているとかのイメージを持たせるような、番組構成であったが、現場から言わせてもらうと、お互いに相手に優る点と劣る点をもっていて、癌診療についてアメリカの体制が一方的にいいというわけではない。乳がん検診体制は、アメリカが日本に優るのかもしれないが、胃癌検診体制は、日本がアメリカに優る。ただし、日本の胃癌検診体制には改善点が多いが・・・。

 

 それから、とても気になったのは、アメリカで開発されているさまざまな癌に対する薬に対する評価である。グリベックという薬は、慢性骨髄腫という血液の癌と消化管の肉腫の一部(GISTの多く)に特効的な効果を示した。イレッサは肺がんの一部を治せるようになった。全部ではない。保険承認をめぐってNHKの番組でも問題になっていた血管新生増殖抑制薬:アバスチンは延命効果をもつが、癌を完治することはできない。その他の新たな化学療法の薬は、延命効果、ADLの改善があり、効果のある症例の割合が増えて、たしかに良くなっているが、全体としてみると、残念ながら、いまだ癌を治せない。助からないステージではやはり95%以上は死ぬ。

 

現在、日本は「2人に1人が癌になり、3人に1人が癌で死ぬ」時代である。特効薬のない癌を予防する、すぐできる「癌撲滅政策」は、医学的に考えて何であろうか。

1)     癌死ランキング1位=肺癌に対して「たばこの販売禁止」。たばこは、肺がん、食道癌の原因になると知られている。喫煙の肺癌発生オッズは20ぐらいである。肺がんは年間約6-7万人死亡している。たばこをやめれば、20年後には肺がんの数は20分の1になる可能性もあるだろう。肺がんの死亡者数が年間3000-4000人に減るということだ。

2)    癌死ランキング2位=胃癌に対して「ピロリ菌の退治」。胃癌の大半は、ピロリ感染が元になっている。ピロリ菌を退治したグループは、退治しないグループに対して、胃癌発生がどのくらい減るのであろうか?いろいろと研究結果が発表されてきたが、ピロリ菌退治成功して3年後以降は、5分の1から3分の1に減るという。最近の研究では、除菌後お酒を飲まないグループでは10分の1以下になるようである。私のクリニックで、ピロリ菌退治した人たちの癌発生は、年0.5%ぐらいである。この政策が実施されれば、胃癌の死亡者数は約5-6万人から、1-2万人に減るであろう。

3)     癌死ランキング3位=大腸癌に対して「大腸内視鏡検診」。40-50才時の大腸内視鏡検診を開始して、ハイリスクグループの絞込みとポリープ切除をおこなうと大腸癌はほとんど予防できる。私の経験では、このプログラムにのって大腸癌で死んだ人はいない。この政策が実施されれば、年間3-4万人死んでいる大腸癌は、年間2000人以下になる。


 これが、私がすぐに思いつく、がん死のランキング1位から3位までの対策である。現在、日本人の癌死年間33万人中、約14万人が救われるだろう。医療費の削減効果も大きい。癌の特効薬のない今、疫学的な強力な健康政策が必要だろう。


 その他、肝癌はB型C型肝炎ウィルス、子宮頸がんはパピローマウィルスなど、感染症による癌は、より強力な感染予防対策により、長期的な癌発生低下が見込めるであろう。

 

昨年、アメリカDDWに行き、中国の地方政府の中には、先進的ながん予防政策を採用しているところを知って驚いた。病気を治すということは、体の中にある自然との闘いである。癌は洪水災害みたいなものである。今の日本に必要なのは、国民の健康と幸福を希求し、道理に基づいた素早い決断をして、それを実施できる政治組織であろう。

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